昨日は、大阪でのIH基礎クラスが延期になったおかげで参加できることになった、9月の名古屋・姫コラソンというイベントの交流出展会に行ってきたのですが、何が吉となるかは、その時にならないとわからないものです。ストーリーはいつでも書き換え可能で、自分が選択しているのです。

なぜ行ってよかったかは、あらためてブログに書きます。思った以上に価値ある企画でした。

昨日の現場写真を頂いて、自分が自分の思っている顔ではなくなっていることに気づいて、とても不思議な気持ちです。強い系の顔になってる感。。強い霊力者系の。。

自分的には抵抗あるけど、初めてお会いする人には私の顔がどんな変化をしたかなど関係なくて、私が何を提供するかしか興味がないだろうから、私の抵抗なんてただのエゴなんだろうな。自分を薄めた結果そんな顔になるのなら仕方がない。

昨日言われたことですが、「悪口を言われるのってすごいじゃないですか!どうでもいい人は悪口を言われないから、妬まれるくらい成功する存在なんですよ」と。

いや成功なんかしてないし妬まれるのだってやだよ、と思った瞬間気づいたのは、もしかしたら、自分は無意識にそれを知っていて、妬まれないように、同情される立場になろうとしていたのかもしれない。中学生の時に、モテたい女子たちが面倒で、「私は争いません」と極力女子気を出さないようにしたのと似ている。それで「私は成功を争いません」と同情されるべき現実を引き起こしていたとしたら、ほんとこれ自作自演だわ😂笑。

言いたい人は、何をしても何か言うし、人の噂に惑わされる人も、それはその人の人生なのだからそれでいい。私のことを好きになりすぎて嫌いになる人がいても、それもその人の人生の中で私というアバターを使う必要があったのかもしれない。人生の学びの中で他者との関わりとは、そういうもの。

というわけでこれからもどんどん顔が変わりそうです。自分の顔も好きになっていきたいなあ。

わかりっこない諦めを持ちながら近づく

私がキネシオロジーを始めたのは、「全てのに納豆やバナナが合うとは限らないだろう」という疑問も大きなきっかけだったけれど、

「個々の人生なのに、お前に何がわかる?」

と、自分にも他人にも思ったからでした。

当時整体師だった私は、施術後に患者さんにアドバイスをすることも仕事のうちだと教わっていました。

二年間通った整体の学校で習ったことを、もっともらしく伝えて、役目を果たしていました。それは、患者さんにとって必要なことばかりではなかったと思います。なぜなら、患者さんの生活の一部始終を見てもいないし、その人がどんな環境でどんな気持ちで育って今があるのかも、わかりっこないからです。

それは、私に親切にアドバイスをくれる人に対しても思うことでした。見かけだけで判断されて、なんの悩みもない子だと思われがちだったので、誰も私のことなど理解する人はいないと思っていました(当時は明るそうに見えない子が羨ましかったけど、自分のギフトを受け入れ使うための学びを子どもの頃からずっとやっているのだと思います)。

だからこそ、筋肉の反応を通してその人に必要なものだけを提供するキネシオロジーは画期的だと思ったし、それを愛してバカみたいにやったからこそ、その筋肉の反応もバイアスがかかりやすいものだと認識できて、IHの「ただの筒になりなさい」という教えが本当に重要なことだと理解しています。

全て空っぽになることは出来ないけれど、それに近づく努力をする。

自分のことも他人のことも、そして地球や宇宙の全てを理解することはできないけれど、それに近づく努力をする。キネシオロジーは、分離を意図した非分離、という両側スレスレのスタンスであるべきなのだと思います。

2012年の自分。

ブログにアーカイブしようと思って、2012年のFacebook投稿を見るのだけど、この時の自分が可愛くてしかたない笑

お勉強したこと(インテグレート・ヒーリングやタッチフォーヘルス)を実践できるのが嬉しくてしかたなかった、この時期。
家を出発した坂道で青い空を見上げて、生きていてよかった、と思ったのを覚えてる。

 

この時の自分は、自分のことをかわいいと思う日が来るとは思いもしなかったし、日々必死で闇から抜け出そうとしていた。

 

不安もたくさんあった。

 

そしてまだこの時は、次の世代の土台となることや全体性など考えられなかった。

今の自分はおじいさんみたいだなと思うけれど、7年後の私が今の私を見たら、それなりにかわいいと思えるのかもね^^笑

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自分についての話の聴き方

紅音さんのファンなんです!

と、誠にありがたいお言葉を頂戴している時に私に起こることは、全身の毛穴が開いて汗が噴き出そうになること。。

このままでは冷静に話が続けられない、、

そこで、「ではスワアカネという代名詞だったら」というテイにして、話を進めました。

元々の話の運びの目的があったのでそんな風にして基軸を戻したわけなのですが、

ふと今日になり思ったことがあるので書き記しておこうと思います。

良い言葉でも褒められ慣れなかったり、特に不意打ちだとめちゃくちゃ動揺するので、そんな時は「私」そのものでなく「スワアカネ」が褒められていることにする。そうすると、衝撃を受けないし、冷静で落ち着いていられる。

そうであるならば、

良くない言葉でも同様にしたら、衝撃を受けずに済むのではないかと。

よく、自分そのものを否定されたと思って死ぬほど落ち込んでしまう方がいるかと思うのですが、自分本体と切り離してみると、パニックにならずに済むかと思います。

人から言われることは、自分全てのことではなくて、ある側面についてのことなので、自分の全部が肯定されたり否定されたりするわけではないんですね。

だから妙にテンパる必要もないし、冷静にお話を伺えばいいんです。

というわけで、これからのスワアカネは、褒められても貶されてもクールに佇んでいるかもしれません笑

褒められた時、にっこり笑って「ありがとう♡」とスマートに言える人が素敵です。そうなるようにトレーニングしている間は顔がおかしくてもご容赦ください🙏✨笑

紅音

新年からの自分の選択

新年あけましておめでとうございます。

旧年中はお世話になり、ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

例年、大好きな神社で祈祷をして頂くのですが、今年はどうも気が向きませんでした。それよりも何かがあるような気がして、モヤモヤしながら調べ物をしていました。

神社庁に属するか属さないか、という視点が自分になかったもので、調べてみると、政治へのお金の流れやらめんどくさくなってしまって、お社に神様なんているのかな?なんて思ってしまう不謹慎な正月でした笑

そんな私のスピリチュアル的思想は、自分たちが神さまの中に存在する、という考え。

暮らしの中に神さまがいるんでなく、私たちの暮らしが神さまの内部にある。

でも、存在が大きすぎて、日常を生きているとつい目の前しか見えなくなり、忘れてしまうんですね。そうすると孤独感や不安感、恐怖に苛まれるので、それが「大いなるものを忘れた」というサインになります。

大いなるものを信頼し生きること、それが重要なことだと知っているのに、大きすぎて忘れてしまうから目に見えるお社やお守りなどの物質的な要素が必要なだけだったのかなと。

決して神社アンチではありません。神社さんにはすごく気持ちのいいところもありますし、たくさん救われて来ました。

何も考えずに良いことや習慣のように行く神社ですら、マスコミに操作されていないかどうか、その可能性に気を巡らせる時も来ているのかもしれません。そうではなければそれはそれで幸せです。

何かを選ぶ時には、エネルギーを自分で感じる、または筋肉反応テストで自分に合ったもの、神社、全て自分で選べたらいいんじゃないかなと思いました。

自分を知り、自分の宝を使っていきましょう。

紅音

2018年の終わりと2019年の始まりに向けて

2018年もたくさんのことがあって、たくさんの出会いもありました。

いつものことながら、たくさんの方にお世話になりました。本当にありがとうございます。

様々な変化を迎え、いまこの時が一番幸せだ、と思う日々が増えました。

きっとこれからも、今が一番幸せだと思う日々が更新されていくことでしょう。

自分の目指す方向性も、少しシェイプされて、他の情報に揺らぐことが少なくなってきました。

私には、私にやれることをやるのみなので、他の誰かを目指すことが本当に意味のないことだと心底理解した年になりました。

それは私の望む世界で、私がその世界を体感できれば、きっと私に関わる人もそうなるのが当たり前になって行くと思っています。

私が普段行うインテグレート・ヒーリングでは「グル(尊師)を作らない」というのがベースにあり、それが私はとても気に入っているので、個として煌めく人が全体の煌めきとなれば良いと思って、先をみてセッションをしています。

2019年は学びと発信の年として、暴れまくります。

多分まとまらないと思います。

その事を自分に許し、わかっててやるので、もしかしたら今つながりのある方からもっと好かれなくなるかもしれません。

でも、もっと先へ、面白がれる人たちと遊びを広げて行きたいです。

なので、お互いに義理や義務感なく、自由な繋がりのもと、自分の道に邁進し合える関係性を、うれしく思います。

個であることが全体に繋がること、中学生の頃からの構想を現実に動きとして行えることを喜びつつ、全体の中の個として皆さんと共に在りたく思っています。

今年もたくさんお世話になりました。

新年からもどうぞよろしくお願いいたします!

紅音

それぞれの輝き、強み

まとめるまでに時間が要りそうだから、鮮度のあるうちにちょい出し。

こないだ、Facebookで、気の向いたお優しい方々にお願いして、私の気づいていない(もしくは気づいてるだろうけどダメ押しで)強みをコメントまたはメッセージで教えて頂きました。

以前メモしたノートに、「自分のキャラクター8割は社会性、2割は個人的で、2割の方が本質だ」みたいなことが書いてあったからです。

ノートを見返したのは、私のフィールドを意識する必要があることを感じたからです。

そして、自分が気づかないところが強みなのかもと、まあ批判もあるだろうなと思いつつ恥を忍んでコメントをお願いしたのでした。

↓こんな感じです。

たくさんのコメント、ありがとうございました❣️❣️❣️

さて、コメントを頂いた始めの方は、「一途」「自分軸」「自立」真っ直ぐクッキリ系のご指摘を頂いて、すぐにイメージしたのは自分の骨格。

個性に合わせた洋服を選ぶのに「骨格診断」というものがあり、私は「ストレート」なのです。他には「ナチュラル」や「ウェーブ」があります。

そして私が映える色を選ぶ「パーソナルカラー診断」では、「ウィンター」。

四季ごとに分類されるのですが、ウィンタータイプの人はクッキリハッキリした色でないと、存在がボヤけてしまうんです。

私がオータム色を使うとホント不健康に見えます。

そして顔の作りも、クッキリしてます。

友達とふざけてて私だけ怒られるタイプ。

見た目がこれだけクッキリしていることと、皆さんから頂いた私の強みの印象がマッチしていたので、面白いなと思いました。

ということはですね、たま〜にそういうお言葉を頂くことがあるのですが、

「あかねさんみたいになりたい」

っていうのは、本当に無意味なことなんだなあと思ったわけです。

だって骨格も肌色も顔の作りも違うでしょ?

他の誰かにはなれないし、他の誰かになろうとすることに意味はないんですね。

その方の持ち味を活かせば最強の存在になれる。

「あかねさんみたいになりたい」

と言ってくださる方は、きっと、

私の意志?の強さとか、ハッキリした表現とか、そーゆーところを欲していらっしゃるかと思うのですが、

そのような方が感じていらっしゃるのは、実はその奥にある、「自分にそのまま」というスタンスなのかもしれません。

そうだとしたら、きっと、私とは全然違うあなたがいることで、あなたは素晴らしく輝くのかもしれない。

コメント欄を見て、そんなことを思いました。

私は普段から色々書いて、それは私の事情で書かざるを得ないから書いているのですが、それが良いとか悪いとか無しに、それは私のすることだからやってるだけなんですよね。

あの人みたいになりたい、あの人みたいにやらねば、と思ったら、ちょっとそれ違うかも、って気づくサインにしてもらったら良いんじゃないかなと思います。

あなたには、あなたの輝きがあって、それがあなたの強みだからです。

紅音

2019年2月は福岡に参ります

2/20〜23福岡

🌼インテグレート・ヒーリング体験会

🌼基礎クラス修了者さん練習会

🌼IH個人セッション(残3枠)

🌼IH基礎クラス2日間

・自分を好きになりたい人

・自分を生きて行きたい人

・全体のために自分を活かしたい人

福岡でお会いするのを楽しみにしています❣️

詳しくはまた後日ご案内します。

地味にお知らせでした。🙇‍♂️🙏✨

紅音

IH内輪向けの長いつぶやきです

IH(インテグレート・ヒーリング)が私はわからなくてずーっとやめられなくて、基礎クラスのインストラクターになってもまだわかってなくて、だけど、ずーっと探してる言語がそろそろ見つかりそうで、ちょっとした前夜祭気分です。

まだ見えてはいないけれど、夜明け前のように薄ぼんやり明かりが見えたところ…

IHを広めるための努力は申し訳ないけどしていなくて(創始者了承済)本当に何の義務もない、自分の腹がうずくままのことしかしていなくて。

それでもIHがIHにおさまらない日が近いような気がしています。

みんなが肩身の狭い思いなくセッションできたら楽しいなって思います。それでそーゆーメンテナンスがアタリマエになって、治療を受けるのとかセラピーにかけなければならなかったお金を海外に行くのに使ったら良いと思う。

世界は広くて豊かだから!

紅音

「ま、いいけど♪笑」

筋反射カテキョというのをやっておりまして。

お一人お一人で異なる、「筋肉反応テストをこう使いたい!」というご要望にお応えする個人レッスンです。

ずーっとご自身に厳しく評価をされてこられた方、身体のサインが止まらず、セルフで筋反射をやりたいとのリクエストでした。

どうしても自分のことを否定的に言ってしまう。

「ばかじゃん?!」

「まだこうだったんだ…」

「ずっとそうしてたのがいけなかったんだ…」

ある会話の流れで、一旦ネガティブな感じの言葉を発したあとに、

「いいけどっ」

と仰ったんですね。

そうしたらものすごく筋肉反応があったんです。

口癖で否定的なことを発してしまった後で

「いいけど♪」

と言うと室内の氣が軽くなり、息がしやすくなることがわかりました。

ネガティブな言葉を言ってはいけない、と厳しく自分に罰を与えるより、

無理にポジティブ言葉を考えて使うよりも、

「ま、いいけど♪」くらいの方が、

ネガティブな波動が打ち消される感じで、身体もリラックスして軽くなります。

腰痛がその方のテーマだったからか、私は腰椎3〜5番間の椎間に体感がありました。

ネガティブなことには椎間板が重みで歪み、「いいけど♪」と言うことで脊柱間が軽くなったんです。

もしかしたら、神経の圧迫による腰痛や、脊柱管狭窄は、自分への厳しい言葉かけが影響しているかもしれません。

その、自分への厳しい言葉かけを聞く周りの人の身体にも、きっと影響しています。

周りのためにも、自分に優しくしましょう!!

私もこれから、自分のマイナス面などが口に出たら言ってみます。

「ま、いいけど!」笑

紅音

p.s.素敵な本を見つけました笑

http://ehonnomori.co.jp/ehon/topics/90418834/

「ま、いっか!」

作:サトシン 絵:ドーリー