宇宙はピュアというより全てを包むカオスな場であることが愛なのではないかという疑問と自論のモヤモヤを書いてみました

私の中の疑問なんだけど、クリアリングが地球レベルでは済まなくて宇宙の遺伝子レベルに発展しているのはいいけれど、各星出身の遺伝子の特徴を細かに分析したり、その要素をクリアにしたりすることが、本当にいいのかよくわからないんだ。

その特質が光か闇かを決めていることも、本当にそうなのかわからなくて、唯一は、自分の中にある聖なるもの(と、自分で感じるもの)に従うことなんじゃないのかなあ。
 
なんか、もっとおおらかな見方をしても良いんじゃないかなあと思うのは、嫌われ者にされがちな虫やカビ菌などの美しいはたらきを、無かったことに出来ないからです。彼らがいるから豊かな緑の星が存在できる。彼らが憎まれてしまうのは、人間にとっての「整備」が正義とされただけの話で、「正しい」という集合意識的な価値観など一瞬にして変わるのは、人間のして来たことを見たらわかるし、ほんとは地球は多様性をゆるし包む星のはずだった、ってまだどこかで私が思ってるから。

それが間違いだったとしたら、宇宙にとって地球が誕生したことが間違いだった、ということになるし、そもそも宇宙でさえ、多様性をゆるし包むカオスな場なのではないかと思ってるんだけど、違うのかなあ。。

紅音

個を活かすこと・自我が薄れること

ヒーリングに覚悟を決めて「どんな深いのでも出てきてOK」と心の奥の扉を開いたら、ちょっとえらいことになって(というか、これまで出てこれなかった深いテーマがヒットしはじめた)

セッション後の数日間のサポートまでできるメニューを用意したいな、と思い始めています。

私は自分が施術をやる側だから、こんな状態になっても筋肉に確認しながら、のたうち回りたくなってもどうにかできる(というか結果的にそういう流れだったらしい、自分を癒すためにもがいてたらヒーリングを降ろしてた)けれど、普通に生活している人だと抑えて体裁を整えてしまうのが普通だと思う。

いま、私のセッションを受けてくださる方々のほとんどは、ご自身でも人を癒したり勇気づけたりする立場の方が多く、そして、私を選んでくれるのは、安心して何でも話せるから、という理由が多くて、それは私がセッションの内容をどこにもシェアしていないことと、誰にも言えないようなダークなこと(と普通なら思われそうなこと)でも、普通に話が出来るからだと思われます。

普通の会話では話せないような、辛かったこと、仕事のことだけでなく家庭の事情、性癖のこと、恋愛のこと、自分の中に押し込めて、無かったように振る舞っていることなど、必要があればですが、クライアントさんだけでなく自分の話もシェアするように筋肉先生に指示されるので、きっとそうすることでイーブンな場を保てるのでしょう。

安心して何でも話せる、と、よく言って頂けることがありますが、それは「私が」解決してあげようとしていないからだ、ということも、IH基礎クラスを行う中で理解を深めて来ました。



私自身はものすごくダメ人間なのに、それでも生きていられるというのは、そのダメっぷりが価値あるものなのだと捉えることも出来るわけです。いよいよ頭のおかしいことを言っているようですが、これまでの刷り込まれた価値観は正反対だと思ってもいいような時期に来ているので、私はこの「ダメなところを活かす」生き方をやってみたいと思います。

こんなのも、普通に書いて理解されるかわからないけれど、ほぼ私の中は空っぽの状態で書いています。個の特徴を活かすということは、全体に寄与する個になるということで、自我は薄れるのかもしれません。

どんな自分をもゆるす、と決めて、ここ数年、ほぼ命がけと言っていい覚悟で取り組んでいます。

ゆるしたように思っていたってまだゆるせてなかった!なんてことは、普通にありますし、深い層にリーチしただけのことですから、そんな自分の取り組みを認めながら、自己を許容することに取り組んでいきましょう✨

特に、人を癒したり励ましたりする側の人は、どんどん自分をゆるしていかないと、見えない不均衡を生んでしまいがちです。人はゆるせるけど自分のことはゆるせない、など、かっこいいように見えて実は不均衡です。

自己を許容することが、自我を薄めて全体性の中に輝く個の存在として機能するのに大事なポイントです。

紅音

変化は恐れなくていい

自分と向き合ってきました。

つらい過去をつらいままにしない覚悟をもって、吐きかけながらワークに取り組んできました。

お金をかけたけど効くのかわからない不安や、自分が変わってしまう怖さと戦いながら、それでも自分を変えて自分に戻ることが全体の利益に繋がると理由無き確信を持って向き合ってきました。


だから、昔を知らない他の人が今の自分の姿をみて「ノーテンキなやつだ」とイライラするようならば、超大成功といえます。だって、ノーテンキではいられなかった過去の自分を、微塵も感じさせていないということなのだから。


フワフワしてると言われようとも、この取り組みがフワフワでは片付けられないものだったことや、実際のプロセスがどうだったのかなど、他の人には分かるわけがないし、その人はその人の課題に向き合えば良いだけの話です。個々各々の人生に向き合うために、他人が存在してくれるのです。


誰がフワフワとか誰にも決められるものでもないし人をジャッジするだけ無駄な話だけれど、あえて言うならば、嫌な自分と向き合わない人だってフワフワ生きている、と言ってもいいから、おあいこです。


自分と向き合うしんどさは、ちゃんと自分と向き合ってきた人にしかわからないものです。たいていは現実に逃げたくなるものだからです。現実から逃げるのでなく、毎日に追われる現実へと逃げていくのです。


だから、それを知らない人からの評価を気にして変わることを恐れなくていいのです。変わって当たり前なのだから、変わることを自分に許していい。


少なくとも、私が携わった方々については、あなたの変化のプロセスは、私が知っています。あなたが自分を変えたいと切に願って、安くもないお金を使ってセッションを受け、自分のきらめきを見つけておきながら、それを表に出していいか躊躇したことも、


周囲からの批判や自分の変化への恐れと、心の底から求め知ってしまった魂の望みとの葛藤と戦って、覚悟を決めて自分自身を生きていこうとするプロセスも知ってる。変化を受け入れる強さと美しさを持っていることを知ってる。そしてこれからも変化することを知っています。変化の証人です。


だから、どんどん安心して変わっていいよ。


自分に真摯に取り組んで変わった結果、あなたがいるだけで周りが安心したりハッピーになるなら、大成功じゃない?😊✨

11/16(土)【東戸塚(横浜)】IH基礎クラス練習会・週末編
11/19(火)20(水)【名古屋】IH基礎クラス平日・受付中
11/22(金)【佐賀・基山】脳と心と身体機能の発達~そのしくみと実践体験~(講師)
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秋分過ぎて

同じ自分なんだけど、自分のお葬いをしてる感。

私一生懸命に生きてたなぁ。

本気だったし、

本当だったし、

愛に包まれてたし、

それらに気づかないで責めてたり、

ほんと一生懸命だった。

過去の自分。

愛してました。

大好きな青い空の中で、

ゆっくりおやすみ。

9/28.29姫コラソン名古屋
https://www.himecorazon.com/29/booth/027

インテグレート・ヒーリングIH考

私の頭の中はときどきこんなことでいっぱいになっています。IH実践研究家、って言って良いと思う、料理研究家と同じようなものだから、たぶん笑

自分にとってのインテグレート・ヒーリングIHの表現が変化してくるのは、教わった言語の守破離とも言えるだろうし、時代も自分も変わるから、当然のこととも思えます。だけど本質は変わらない。だから、統一の表現を強制されないIHは、本当に本質的だと思う。

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インテグレート・ヒーリング‪IHは細胞や人が「生きている」状態にするのでなく、大きい世界観の中で「生きていく」状態にするものに近い。‬その人それぞれにとっての自然な姿になっていくために、時に平穏な生命の死もギフトされることもある。それも含め〈いのち〉、生き方を自分自身でコマンドするためのシステムであると言えるだろう。プラクティショナーはその介助役。

こんなことを言うと反感を買うかもしれない、けれど、死を含めての〈いのち〉であるならば、そこまでを包括しないのは不自然だから、やはり肉体の終焉を一つの暗転( コトバンクより→演劇で、幕を下ろさず、舞台を一時暗くして場面を変えること。「暗転して第二景に移る」)として「目標設定(方向のコマンド)」を死ぬ直前ですらも行うことへの価値はあるように思う。

もちろんプラクティショナーが介添すると情報の幅は広がるが、自分一人で行えるようなら、旅立つ最期まで自分の味方と共に生きていくことが出来る。習わずとも自ら出来る人もいるだろう、しかし、インテグレート・ヒーリングIHの世界を学ぶことで、共通の景色が見れる仲間のみならず、自分自身という一生ものの味方を手に入れることが可能になる。

っていうのが今の私がしっくりくるIHの説明なのだけど、終わりの説明だけは収まらない、というのが、IHという、枠なきフォーマット。

支援者の支援

「花風社の本が義母から送られて来たが負けない」という旨のツイートに、2400近くのいいねと600近くのリツイート。

発達障害は治る、というのが人によっては希望となり、人によっては暴力的な言葉となるのだと理解。よく見てみると、もう押しつぶされそうなんだよね、母親だけが子どもの世話をして。父親(夫)は非協力的な模様。

これ以上どうケアしろと?治るものを治さないのは親の責任だと??と、全てに刃を向けたくなるような気持ちも伝わりました。

支援者の支援が大事だよね。支援者はもう既にものすごく頑張ってるんだもの。

政治と個々の生き方の話

神奈川県知事・横浜市長・横浜教育委員会教育長。

残念な感じのニュースばかりの横浜・神奈川ですが、

何かを変えるチャンスのタイミング到来のサインなので、

これを機に市政や県政が市民・県民のものであることを私たちが認識すればよくて、

それは国政が国民のものであるという意識につながるでしょうし、

「自分の人生は自分のものだ」

とハッキリと言える個々の生き方につながるように思います。

ほんとの自分を取り戻そう。

わかりっこない諦めを持ちながら近づく

私がキネシオロジーを始めたのは、「全てのに納豆やバナナが合うとは限らないだろう」という疑問も大きなきっかけだったけれど、

「個々の人生なのに、お前に何がわかる?」

と、自分にも他人にも思ったからでした。

当時整体師だった私は、施術後に患者さんにアドバイスをすることも仕事のうちだと教わっていました。

二年間通った整体の学校で習ったことを、もっともらしく伝えて、役目を果たしていました。それは、患者さんにとって必要なことばかりではなかったと思います。なぜなら、患者さんの生活の一部始終を見てもいないし、その人がどんな環境でどんな気持ちで育って今があるのかも、わかりっこないからです。

それは、私に親切にアドバイスをくれる人に対しても思うことでした。見かけだけで判断されて、なんの悩みもない子だと思われがちだったので、誰も私のことなど理解する人はいないと思っていました(当時は明るそうに見えない子が羨ましかったけど、自分のギフトを受け入れ使うための学びを子どもの頃からずっとやっているのだと思います)。

だからこそ、筋肉の反応を通してその人に必要なものだけを提供するキネシオロジーは画期的だと思ったし、それを愛してバカみたいにやったからこそ、その筋肉の反応もバイアスがかかりやすいものだと認識できて、IHの「ただの筒になりなさい」という教えが本当に重要なことだと理解しています。

全て空っぽになることは出来ないけれど、それに近づく努力をする。

自分のことも他人のことも、そして地球や宇宙の全てを理解することはできないけれど、それに近づく努力をする。キネシオロジーは、分離を意図した非分離、という両側スレスレのスタンスであるべきなのだと思います。