秋分過ぎて

同じ自分なんだけど、自分のお葬いをしてる感。

私一生懸命に生きてたなぁ。

本気だったし、

本当だったし、

愛に包まれてたし、

それらに気づかないで責めてたり、

ほんと一生懸命だった。

過去の自分。

愛してました。

大好きな青い空の中で、

ゆっくりおやすみ。

9/28.29姫コラソン名古屋
https://www.himecorazon.com/29/booth/027

インテグレート・ヒーリングIH考

私の頭の中はときどきこんなことでいっぱいになっています。IH実践研究家、って言って良いと思う、料理研究家と同じようなものだから、たぶん笑

自分にとってのインテグレート・ヒーリングIHの表現が変化してくるのは、教わった言語の守破離とも言えるだろうし、時代も自分も変わるから、当然のこととも思えます。だけど本質は変わらない。だから、統一の表現を強制されないIHは、本当に本質的だと思う。

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インテグレート・ヒーリング‪IHは細胞や人が「生きている」状態にするのでなく、大きい世界観の中で「生きていく」状態にするものに近い。‬その人それぞれにとっての自然な姿になっていくために、時に平穏な生命の死もギフトされることもある。それも含め〈いのち〉、生き方を自分自身でコマンドするためのシステムであると言えるだろう。プラクティショナーはその介助役。

こんなことを言うと反感を買うかもしれない、けれど、死を含めての〈いのち〉であるならば、そこまでを包括しないのは不自然だから、やはり肉体の終焉を一つの暗転( コトバンクより→演劇で、幕を下ろさず、舞台を一時暗くして場面を変えること。「暗転して第二景に移る」)として「目標設定(方向のコマンド)」を死ぬ直前ですらも行うことへの価値はあるように思う。

もちろんプラクティショナーが介添すると情報の幅は広がるが、自分一人で行えるようなら、旅立つ最期まで自分の味方と共に生きていくことが出来る。習わずとも自ら出来る人もいるだろう、しかし、インテグレート・ヒーリングIHの世界を学ぶことで、共通の景色が見れる仲間のみならず、自分自身という一生ものの味方を手に入れることが可能になる。

っていうのが今の私がしっくりくるIHの説明なのだけど、終わりの説明だけは収まらない、というのが、IHという、枠なきフォーマット。

支援者の支援

「花風社の本が義母から送られて来たが負けない」という旨のツイートに、2400近くのいいねと600近くのリツイート。

発達障害は治る、というのが人によっては希望となり、人によっては暴力的な言葉となるのだと理解。よく見てみると、もう押しつぶされそうなんだよね、母親だけが子どもの世話をして。父親(夫)は非協力的な模様。

これ以上どうケアしろと?治るものを治さないのは親の責任だと??と、全てに刃を向けたくなるような気持ちも伝わりました。

支援者の支援が大事だよね。支援者はもう既にものすごく頑張ってるんだもの。

政治と個々の生き方の話

神奈川県知事・横浜市長・横浜教育委員会教育長。

残念な感じのニュースばかりの横浜・神奈川ですが、

何かを変えるチャンスのタイミング到来のサインなので、

これを機に市政や県政が市民・県民のものであることを私たちが認識すればよくて、

それは国政が国民のものであるという意識につながるでしょうし、

「自分の人生は自分のものだ」

とハッキリと言える個々の生き方につながるように思います。

ほんとの自分を取り戻そう。

わかりっこない諦めを持ちながら近づく

私がキネシオロジーを始めたのは、「全てのに納豆やバナナが合うとは限らないだろう」という疑問も大きなきっかけだったけれど、

「個々の人生なのに、お前に何がわかる?」

と、自分にも他人にも思ったからでした。

当時整体師だった私は、施術後に患者さんにアドバイスをすることも仕事のうちだと教わっていました。

二年間通った整体の学校で習ったことを、もっともらしく伝えて、役目を果たしていました。それは、患者さんにとって必要なことばかりではなかったと思います。なぜなら、患者さんの生活の一部始終を見てもいないし、その人がどんな環境でどんな気持ちで育って今があるのかも、わかりっこないからです。

それは、私に親切にアドバイスをくれる人に対しても思うことでした。見かけだけで判断されて、なんの悩みもない子だと思われがちだったので、誰も私のことなど理解する人はいないと思っていました(当時は明るそうに見えない子が羨ましかったけど、自分のギフトを受け入れ使うための学びを子どもの頃からずっとやっているのだと思います)。

だからこそ、筋肉の反応を通してその人に必要なものだけを提供するキネシオロジーは画期的だと思ったし、それを愛してバカみたいにやったからこそ、その筋肉の反応もバイアスがかかりやすいものだと認識できて、IHの「ただの筒になりなさい」という教えが本当に重要なことだと理解しています。

全て空っぽになることは出来ないけれど、それに近づく努力をする。

自分のことも他人のことも、そして地球や宇宙の全てを理解することはできないけれど、それに近づく努力をする。キネシオロジーは、分離を意図した非分離、という両側スレスレのスタンスであるべきなのだと思います。

やり方を変える時

今日は経営ゲーム勉強会の予定が、個人セッションお二人様分させて頂けることに。

こどもの頃に体験した理不尽な思い。その悔しさを糧にして生きてきたけれど、そろそろやり方を変える時が来た…

まさに今の天体の動きにシンクロするようなセッションでした。

自分の純粋性を保ちながら、自分でルールを作り選ぶ。そんなプロセスに私たちは居るようです。

このあとはカナダ在住の方とのオンラインセッション。

リクエストを頂いたおかげで、PayPal口座を作りました。

これで海外にお住まいの方にもセッションをお気軽にご利用いただけます!

現在、私が承るオンラインセッションは、一度筋肉反応テストをさせて頂いたことのある方のみとさせて頂いているのですが、

近々モニターさんを通して確認させて頂いて、初めての方でもオンライン可能に出来ないかと検討しています。

自分のこれまでのやり方に固執してしまうのも良くないな…と思ったのと、

たくさんの方にインテグレート・ヒーリングIHに触れて頂いて、自分の本質に沿った楽な生き方ができる世界を広げていきたいと思うからです。

モニターさん募集は近日中に改めて告知させて頂きますね!

8/11(日)は名古屋のイベントでIHします✨

よかったらお気軽に遊びに来てください^ ^

https://www.himecorazon.com/gathering/20190811

2012年の自分。

ブログにアーカイブしようと思って、2012年のFacebook投稿を見るのだけど、この時の自分が可愛くてしかたない笑

お勉強したこと(インテグレート・ヒーリングやタッチフォーヘルス)を実践できるのが嬉しくてしかたなかった、この時期。
家を出発した坂道で青い空を見上げて、生きていてよかった、と思ったのを覚えてる。

 

この時の自分は、自分のことをかわいいと思う日が来るとは思いもしなかったし、日々必死で闇から抜け出そうとしていた。

 

不安もたくさんあった。

 

そしてまだこの時は、次の世代の土台となることや全体性など考えられなかった。

今の自分はおじいさんみたいだなと思うけれど、7年後の私が今の私を見たら、それなりにかわいいと思えるのかもね^^笑

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