インテグレート・ヒーリングIHと「知識」について

私スワアカネのIH基礎クラスでは、頭を使うな、知識はいらない、としつこく伝えています。

IH創始者のマチルダがそれを伝え続けていて、私が基礎クラスのインストラクターになった時に「基礎クラスで必ず伝えてほしい」とメールをもらいました。

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インテグレート・ヒーリングIHを表現することについて

インテグレート・ヒーリング、IHに関しての表現は、それぞれで異なっていて良いと(ユニバースに確認して)自分に許可を与えました。

「愛」がベースであるIHは、女性的が理解しやすくて女性的とも言えるけれど、その中にはコーチング的要素もあって、男性的とも言える。そして、共同創始者が男女のパートナーだったことからも、どちらの性質も含むことも容易に理解できるから、私のIHの表現は男性的かもしれないけれど、多様な視点はむしろ良いと結論しました。

私がIH創始者から言付かって、IH基礎クラスでお伝えしている「IHで大事なこと」は、たった3つだけ。

それを逆に読むと、

IHに関して「間違っていること」は以下の3つだけです。

・自分の知識や能力に依存すること

・その人の存在を信頼しないこと

・グル(尊師)になろうとしたり、誰かを崇拝すること

実にシンプル。でも、シンプルこそ奥深い。

さて、それが分かれば、あとはそれぞれが受け取るギフトとしてのIHを語ればよい。

…というところも含めて、IHは良く出来ている(ユニバース由来だから当たり前っちゃ当たり前)と思うのです。誰かの利益のためにこねくり回して作ったものではないから。

だから、IHをやる人は、好きにIHを語ればいいさ!

きっと自分がもっと自由になるから、必要な人に届くと思います^ ^

◆IH基礎クラス練習会(クラス修了者さん対象)

9/11平日版

https://www.facebook.com/events/487013055415419?sfns=mo

9/22休日版

https://www.facebook.com/events/2500469726679598?sfns=mo

◆9/13動画を観る会

https://www.facebook.com/events/502712043624485?sfns=mo

◆9/17名古屋IHゆる茶会

https://www.facebook.com/events/754493481638291?sfns=mo

◆9/28.29名古屋イベント(IHブースno.27)

https://www.himecorazon.com/29/booth/027

(出展者募集中)

◆11/2.3東京イベント(スワアカネ11/3にスピーチします)

https://www.himecorazon.com/30/top

(出展者募集中)

◆11月中旬名古屋・福岡出張予定

◇IH基礎クラスの地方出張は、往復交通費&会場費を参加人数で折半頂戴しております。

地方出張でのIH基礎クラスと合わせてのIH個人セッションや他イベント出展のお誘いなど、折半のご負担が変わりますのでお気軽にお問い合わせください。

新年からの自分の選択

新年あけましておめでとうございます。

旧年中はお世話になり、ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

例年、大好きな神社で祈祷をして頂くのですが、今年はどうも気が向きませんでした。それよりも何かがあるような気がして、モヤモヤしながら調べ物をしていました。

神社庁に属するか属さないか、という視点が自分になかったもので、調べてみると、政治へのお金の流れやらめんどくさくなってしまって、お社に神様なんているのかな?なんて思ってしまう不謹慎な正月でした笑

そんな私のスピリチュアル的思想は、自分たちが神さまの中に存在する、という考え。

暮らしの中に神さまがいるんでなく、私たちの暮らしが神さまの内部にある。

でも、存在が大きすぎて、日常を生きているとつい目の前しか見えなくなり、忘れてしまうんですね。そうすると孤独感や不安感、恐怖に苛まれるので、それが「大いなるものを忘れた」というサインになります。

大いなるものを信頼し生きること、それが重要なことだと知っているのに、大きすぎて忘れてしまうから目に見えるお社やお守りなどの物質的な要素が必要なだけだったのかなと。

決して神社アンチではありません。神社さんにはすごく気持ちのいいところもありますし、たくさん救われて来ました。

何も考えずに良いことや習慣のように行く神社ですら、マスコミに操作されていないかどうか、その可能性に気を巡らせる時も来ているのかもしれません。そうではなければそれはそれで幸せです。

何かを選ぶ時には、エネルギーを自分で感じる、または筋肉反応テストで自分に合ったもの、神社、全て自分で選べたらいいんじゃないかなと思いました。

自分を知り、自分の宝を使っていきましょう。

紅音

それぞれの輝き、強み

まとめるまでに時間が要りそうだから、鮮度のあるうちにちょい出し。

こないだ、Facebookで、気の向いたお優しい方々にお願いして、私の気づいていない(もしくは気づいてるだろうけどダメ押しで)強みをコメントまたはメッセージで教えて頂きました。

以前メモしたノートに、「自分のキャラクター8割は社会性、2割は個人的で、2割の方が本質だ」みたいなことが書いてあったからです。

ノートを見返したのは、私のフィールドを意識する必要があることを感じたからです。

そして、自分が気づかないところが強みなのかもと、まあ批判もあるだろうなと思いつつ恥を忍んでコメントをお願いしたのでした。

↓こんな感じです。

たくさんのコメント、ありがとうございました❣️❣️❣️

さて、コメントを頂いた始めの方は、「一途」「自分軸」「自立」真っ直ぐクッキリ系のご指摘を頂いて、すぐにイメージしたのは自分の骨格。

個性に合わせた洋服を選ぶのに「骨格診断」というものがあり、私は「ストレート」なのです。他には「ナチュラル」や「ウェーブ」があります。

そして私が映える色を選ぶ「パーソナルカラー診断」では、「ウィンター」。

四季ごとに分類されるのですが、ウィンタータイプの人はクッキリハッキリした色でないと、存在がボヤけてしまうんです。

私がオータム色を使うとホント不健康に見えます。

そして顔の作りも、クッキリしてます。

友達とふざけてて私だけ怒られるタイプ。

見た目がこれだけクッキリしていることと、皆さんから頂いた私の強みの印象がマッチしていたので、面白いなと思いました。

ということはですね、たま〜にそういうお言葉を頂くことがあるのですが、

「あかねさんみたいになりたい」

っていうのは、本当に無意味なことなんだなあと思ったわけです。

だって骨格も肌色も顔の作りも違うでしょ?

他の誰かにはなれないし、他の誰かになろうとすることに意味はないんですね。

その方の持ち味を活かせば最強の存在になれる。

「あかねさんみたいになりたい」

と言ってくださる方は、きっと、

私の意志?の強さとか、ハッキリした表現とか、そーゆーところを欲していらっしゃるかと思うのですが、

そのような方が感じていらっしゃるのは、実はその奥にある、「自分にそのまま」というスタンスなのかもしれません。

そうだとしたら、きっと、私とは全然違うあなたがいることで、あなたは素晴らしく輝くのかもしれない。

コメント欄を見て、そんなことを思いました。

私は普段から色々書いて、それは私の事情で書かざるを得ないから書いているのですが、それが良いとか悪いとか無しに、それは私のすることだからやってるだけなんですよね。

あの人みたいになりたい、あの人みたいにやらねば、と思ったら、ちょっとそれ違うかも、って気づくサインにしてもらったら良いんじゃないかなと思います。

あなたには、あなたの輝きがあって、それがあなたの強みだからです。

紅音

本来の姿を見て信じることの力の作用

11月1日から12月1日まで、ロサンゼルスとサンディエゴでの授業を終えたIH(インテグレート・ヒーリング)創始者マチルダからメッセージが届いて、泣きました。

恥ずかしくて訳せないのはおゆるしください(自分、シャイ気が多いもので。そんなに言うほど大層なことは書いてありません)。

どんなに表向きブツクサ言おうとも、悩んだり不安になったりしようとも、それでも魂の本質を信じてくれる。

それが、どれだけ心身のこわばりを溶かし、勇気の源泉となることか。。

言葉では何とでも言えるかもしれませんが、文字からすらもエネルギーを感じてしまう私には、このメッセージにダブルバインドのようなズレを感じないので、響くのです。

IHって一体なんだろう、という、答えがあるのか無いのかわからないクエスチョンをずっと抱いて早6年。

ユニバースがマチルダにその情報をおろしたのなら、マチルダを見ていれば何かわかるんじゃないか。そう思って、本当に少しずつだけれど接触しては感じてきました。

なんとも言葉にできないこの感じ。これが愛というものなら、私はずっと探し求めていたものなのかもしれません。IHに関わることで(セッションやクラスを通して)響き得られるこのバイブレーションは、これがあれば生きても死んでも存在できる、と確信できるものであります。

基礎クラスは随時開催しています。

日本に思う、自分にやれること

日本でヤバい感じのこと(水道民営化とか沖縄事情とか)が起きているのに、どうしていいかわからない。

とりあえず自分のことをするしかなくて、きっと私を含む多くの国民が日常に逃げているんだろうなと思うと、悲しい気持ちになるのだけれど、最終的には自分にできることをするしかないから自分に出来ることを考えてみた。

・自分で選択した人生に責任が持てるようにする

・幸せになっていいと自分に許可する

・自分自身のイライラやモヤモヤを解決していって、そういう人を増やして日本全体のエネルギーを変える

・人の噂や報道に振り回されずに、自分にとって必要なものを自分が決めて選べるようにする

・そのためにやれることをやる、そのために健康な心身を持つ

こんなこと書くのも情けない思いだけれども、セラピストの役割でもあると思うので書いてみました。

死ぬ時はどうせ死ぬし、役割が変わる時なんだろうなと思うから、生にはさほど執着しておらず。

自分の仕事が何に繋がるのかを意識することくらいしか出来ていない今だけど、意識で世界が変わるというのが本当ならば、それをこの目で確認したい。。

紅音

残りの人生どう生きよう

久々の投稿です。

ただいまです!

一週間、計画的引きこもりに徹してました。

私はとても不器用で、

人に見せる自分というものを作ることができません。

こうして一人で仕事をしていると、

自分の見せ方、魅せ方が大事なんだろうねと思います。世間的にもそう言われます、人が見たい自分を作る方が売れるのが早いんでしょう。

でもそれをしようと思うと、とても違和感を覚えて、自分は何をしているんだろう?と思うのです。

人にキラキラの外側を見せてどうしようっていうんだ?

周りを見ていても違和感。

そんなに必死にキラキラさせんでも。

そう思いながらも、そういう人たちが稼いでいるので正解なのかな?と変に自分を疑ってみたり。

だけど、一つ確信しているのは、

何かに夢中になっている時にモテていたというこれまでの人生経験。

まあ若い時の話だから、今は通用しないかもしれないですけどね!笑

でも、自分を生きている人って、人の目を気にしなくても勝手にキラキラしてしまうんですよね。外見で判断してコミュニケーションを閉じてしまう人には理解のできない、きらめきがある。

生きているだけで本来は輝いているはずなんですよね。

それを頭ではわかっているのに、自分や周りの人に条件付けの目を向けてしまう。

いま自分がやっている事って、その窮地に自分を追い込んで、生きているだけで価値があることを自分自身が身体で確信するトレーニングをしている感じがします。人にセッションするのにそれを言うわけだから、自分が自分のことを本当にそう思ってないと身体で伝わってしまう。そんなお仕事なんです。

本来なら子どものうちに養われる感覚が、大人になったふりをして来たばかりに、中身が無かったというだけの話。

子どもの頃からどこか大人っぽかった人は、セラピストに多いと思いますが、自分は全て癒されていると思う人は、上下関係を作りやすく、復讐としてのセラピー活動をしているかもしれないので、そういう人から何か言われても気にすることはありません。

自分を疑いながら自分を信じるバランスがないと、自分王国を作りがちになります。人を従わせて自分が王様になる王国です。

だけどそれも、外側を意識して生きてきたことの現れというだけのことなのでしょう。

自分が生きのびるために外側に合わせてきたものを、

自分を生きさせるために内側に戻り、外側に出て行く。

私ができる事って何なのかな。

一生、死ぬまで問い続けることで、自分の生に集中して行く、そんな生き方と死に方が出来れば幸せかな。

紅音

☆☆☆

12/7(金)ブロック・ビルディング・アクティビティ講座募集中

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自己対話によるバランシングのあれこれ

「デキない前提」

あることで身体が反応したのでセルフバランス開始。

椎間板に情報が蓄積されていることに気づく。

あまりに深いセルフセッションで

一人で泣き出す。

自分は本当はこうしたかったんだ、と

奥底からの深い望みを

身体の反応で知ることになる。

感情で泣いているのではなく

反応として涙が噴き出すのである。

子どもの頃に言われたこと、

養われないと生きられない子どものやるせなさ、

自立、人に従う人生、

これまでの様々な出会い、

それにより学びとなっていった幾つもの出来事

Joy、心の底からの繋がり、

人は人を愛したいだけ。

人を愛することには、自分を愛することも含む。

ひとえに喜びの存在であることの、

シンプルな喜びが

魂のバイブレーションを起こす。

細胞は振動する。

「出来る前提で日々を送る」

膀胱系のアラームポイントのエナジャイズで

また様々に体感し見えてくるもの。

たったこれだけのプロセスの中で

身体に蓄積されたデータの変化に現れて

身体の動きや痛みの反応、気持ちの動きとして

顕在化する。

何が起きているのかなんて全て説明することが

果たして可能なのか、そのこと自体に意味があるのか…

「何のためにそれをするのか」だけが掲げられていれば、ツールは何でも良いように思う。

留まれない自分に不安を感じつつ期待に満ちている。