新年からの自分の選択

新年あけましておめでとうございます。

旧年中はお世話になり、ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

例年、大好きな神社で祈祷をして頂くのですが、今年はどうも気が向きませんでした。それよりも何かがあるような気がして、モヤモヤしながら調べ物をしていました。

神社庁に属するか属さないか、という視点が自分になかったもので、調べてみると、政治へのお金の流れやらめんどくさくなってしまって、お社に神様なんているのかな?なんて思ってしまう不謹慎な正月でした笑

そんな私のスピリチュアル的思想は、自分たちが神さまの中に存在する、という考え。

暮らしの中に神さまがいるんでなく、私たちの暮らしが神さまの内部にある。

でも、存在が大きすぎて、日常を生きているとつい目の前しか見えなくなり、忘れてしまうんですね。そうすると孤独感や不安感、恐怖に苛まれるので、それが「大いなるものを忘れた」というサインになります。

大いなるものを信頼し生きること、それが重要なことだと知っているのに、大きすぎて忘れてしまうから目に見えるお社やお守りなどの物質的な要素が必要なだけだったのかなと。

決して神社アンチではありません。神社さんにはすごく気持ちのいいところもありますし、たくさん救われて来ました。

何も考えずに良いことや習慣のように行く神社ですら、マスコミに操作されていないかどうか、その可能性に気を巡らせる時も来ているのかもしれません。そうではなければそれはそれで幸せです。

何かを選ぶ時には、エネルギーを自分で感じる、または筋肉反応テストで自分に合ったもの、神社、全て自分で選べたらいいんじゃないかなと思いました。

自分を知り、自分の宝を使っていきましょう。

紅音

2018年の終わりと2019年の始まりに向けて

2018年もたくさんのことがあって、たくさんの出会いもありました。

いつものことながら、たくさんの方にお世話になりました。本当にありがとうございます。

様々な変化を迎え、いまこの時が一番幸せだ、と思う日々が増えました。

きっとこれからも、今が一番幸せだと思う日々が更新されていくことでしょう。

自分の目指す方向性も、少しシェイプされて、他の情報に揺らぐことが少なくなってきました。

私には、私にやれることをやるのみなので、他の誰かを目指すことが本当に意味のないことだと心底理解した年になりました。

それは私の望む世界で、私がその世界を体感できれば、きっと私に関わる人もそうなるのが当たり前になって行くと思っています。

私が普段行うインテグレート・ヒーリングでは「グル(尊師)を作らない」というのがベースにあり、それが私はとても気に入っているので、個として煌めく人が全体の煌めきとなれば良いと思って、先をみてセッションをしています。

2019年は学びと発信の年として、暴れまくります。

多分まとまらないと思います。

その事を自分に許し、わかっててやるので、もしかしたら今つながりのある方からもっと好かれなくなるかもしれません。

でも、もっと先へ、面白がれる人たちと遊びを広げて行きたいです。

なので、お互いに義理や義務感なく、自由な繋がりのもと、自分の道に邁進し合える関係性を、うれしく思います。

個であることが全体に繋がること、中学生の頃からの構想を現実に動きとして行えることを喜びつつ、全体の中の個として皆さんと共に在りたく思っています。

今年もたくさんお世話になりました。

新年からもどうぞよろしくお願いいたします!

紅音

それぞれの輝き、強み

まとめるまでに時間が要りそうだから、鮮度のあるうちにちょい出し。

こないだ、Facebookで、気の向いたお優しい方々にお願いして、私の気づいていない(もしくは気づいてるだろうけどダメ押しで)強みをコメントまたはメッセージで教えて頂きました。

以前メモしたノートに、「自分のキャラクター8割は社会性、2割は個人的で、2割の方が本質だ」みたいなことが書いてあったからです。

ノートを見返したのは、私のフィールドを意識する必要があることを感じたからです。

そして、自分が気づかないところが強みなのかもと、まあ批判もあるだろうなと思いつつ恥を忍んでコメントをお願いしたのでした。

↓こんな感じです。

たくさんのコメント、ありがとうございました❣️❣️❣️

さて、コメントを頂いた始めの方は、「一途」「自分軸」「自立」真っ直ぐクッキリ系のご指摘を頂いて、すぐにイメージしたのは自分の骨格。

個性に合わせた洋服を選ぶのに「骨格診断」というものがあり、私は「ストレート」なのです。他には「ナチュラル」や「ウェーブ」があります。

そして私が映える色を選ぶ「パーソナルカラー診断」では、「ウィンター」。

四季ごとに分類されるのですが、ウィンタータイプの人はクッキリハッキリした色でないと、存在がボヤけてしまうんです。

私がオータム色を使うとホント不健康に見えます。

そして顔の作りも、クッキリしてます。

友達とふざけてて私だけ怒られるタイプ。

見た目がこれだけクッキリしていることと、皆さんから頂いた私の強みの印象がマッチしていたので、面白いなと思いました。

ということはですね、たま〜にそういうお言葉を頂くことがあるのですが、

「あかねさんみたいになりたい」

っていうのは、本当に無意味なことなんだなあと思ったわけです。

だって骨格も肌色も顔の作りも違うでしょ?

他の誰かにはなれないし、他の誰かになろうとすることに意味はないんですね。

その方の持ち味を活かせば最強の存在になれる。

「あかねさんみたいになりたい」

と言ってくださる方は、きっと、

私の意志?の強さとか、ハッキリした表現とか、そーゆーところを欲していらっしゃるかと思うのですが、

そのような方が感じていらっしゃるのは、実はその奥にある、「自分にそのまま」というスタンスなのかもしれません。

そうだとしたら、きっと、私とは全然違うあなたがいることで、あなたは素晴らしく輝くのかもしれない。

コメント欄を見て、そんなことを思いました。

私は普段から色々書いて、それは私の事情で書かざるを得ないから書いているのですが、それが良いとか悪いとか無しに、それは私のすることだからやってるだけなんですよね。

あの人みたいになりたい、あの人みたいにやらねば、と思ったら、ちょっとそれ違うかも、って気づくサインにしてもらったら良いんじゃないかなと思います。

あなたには、あなたの輝きがあって、それがあなたの強みだからです。

紅音

いろんな投稿をするもんだから。。

時々、迷いも生じるのです。

個人事業の成功のセオリーとは違うことしてる、っていう意識はあるもので、

どんどん減った「いいね」にやっぱり自分間違っているのかな、とか弱気になることも時々はあるんです。

それでも自由に書くことが私を活かす道だと今年複数の方からメッセージを頂いて、私はそのまんまな自分を活かすことを仕事で伝えているものだから、自分の道を歩むと決めて書き続けるのです。

そんな時に、何かの記事のきっかけに時々ポコっとメッセージをくださる方々がいらして。

この時は、Facebookでのシェア記事についてでした。

記事を書くのって、小学生の頃から作文を書くのが好きだった私には、自分の好きに書くことは苦ではないのですが、それでも時間のかかる生産行為で。

そして、みられたくない人からもみられてしまう、裏でどう思われ何を言われるかわからない、人の念が飛んで来やすいのも知っての上で書いているので、それなりにエネルギーは使っているんですね。

一応は自分のいのちを使っているので、書いたものが誰かに届いたことを知れるのはうれしいです。

代弁者であるとしたら、矢面には立ちやすいですが、書くことが好きなギフトが自分にあるならばそれをする意味がきっとあるので、これからも好き勝手に書いてどなたかの何かにつながれば良いなと思います。

私は普段、感想文を求めることはしないんですね。勇気を出してお願いしてみたこともありましたが、「感想文を書く」というタスクをこなして欲しいわけではなく、もうそこで気持ちの純度が下がってしまう感があり。。

ふとした時に本心から出るもののバイブレーションが高く、それを受け取った私と、伝えてくださった方とに響きあう嬉しさを意識的に倍増させようと「宝物お言葉集」を作りました。

ブログ上では言葉(メッセージ)のコレクションをしていますが、言葉が無くても純度の高い愛や感謝のエネルギーはすごくよく伝わります。

もし、私に伝えたくても言葉にできない場合は、直接お会いした時にそう言ってくださったらキャッチできるかと思います(ストレートで純度の高いものは伝わりますが、自分のこと認めて欲しい的なエゴ発信は高いバイブレーションで伝わってこないのでわかってあげることはできません。ごめんなさいね🙇‍♂️💦)。

「代弁してくれてるようで嬉しいです」

という言葉に響きました。私も嬉しいです。

ありがとうございます❣️

うれしさ還元

うれしい言葉集、を、作ろうと思います。

これまでの自分の人生でたくさんスルーしてきてしまった、周りの人たちからのたくさんの愛を、意識して増幅したら面白いことが起きるんじゃないかと思い、私が響いたメッセージを頂いた方々に、おゆるしを得ました。

これまでは、セッションのご感想を頂いても、私はただ筋肉反応を取ってインテグレート・ヒーリングをやっただけで、受けに来てくれたその方の勇気が素晴らしいわけだし、内容はとてもパーソナルなことだし、セッションの成果を意気揚々と自分の手柄のようにシェアすることにとても抵抗があったんです。

そういう風な見せ方をすると人気が出るのはわかってるんだけど。

人気や力が欲しいわけじゃないから、違和感や居心地の悪さばかりがつきまとい、せっかく良い言葉をもらっているのに受け取れなかったんです。

先日でのIH基礎クラス練習会でのこと。たどたどしくもスッキリとしたセッションをして頂いて、腹に決めたことがありました。

私は「リーダー」ということに小さな頃から課題があって、どうやら大きな人生のテーマでもあるようなのです。自立とか、独立とか、独りとか。

リーダー論を真剣に考えていたのが中学の頃。中3の時には、上に立ち人を引っ張るリーダーは誰にでも出来るのだから、下から支えるリーダーを経験しよう、とか考えて行動していました。

下から支えるというのは、実に目立たない行為で、下から支えているうちに、上に立った気分になっている人のことも支えることになるわけなんです。脚光も浴びず自分が何をしているのかよくわからなくなり、試練が続くのでありました。

承認欲求の薄れた今は、こう思います。

上も下も無かろう、と。

リーダーって、そういうもんじゃない。私は私に、自分ひとりだけにしか出来ない、「自分自身のリーダーになること」を今年の年初に掲げました。

そしてこないだのIH基礎クラス練習会でのこと。

ま〜たリーダーがテーマなの!?と、いいかげん嫌になりました。

おんなじ事ばかり言ってるのは、覚悟が足りない証拠。

もーいいや。もう飽きた、同じことばっかり言ってんの。

もう終わりにしよう。

セッションを受けながら、そう思ったんです。

実は11月のロサンゼルスでもそんなこと言ってたんですよね。

だから、最後のダメ押しになったのかもしれません。

もーべつにこだわらなくてもいいや。どーせ、そうなる必要があるんならそうなるだけなんだろ。

とセッション中に覚悟を決めることができました。

そうすると、不思議なことに

これまで自分の中になかなか入ってこなかったうれしい言葉が、じんわりと自分に伝わるようになったんです。

ああ、私って、こんなこと言われると嬉しいんだ❣️

ということがすごく良くわかりました。

そのきっかけとなった言葉はこちら

12月13日に目黒でのIH勉強会で、ロサンゼルスでの受講のお話をすることになっているのですが、それについてのお問い合わせでした。

「あかねさんトーク聞きたい」という言葉に、これほど自分が喜ぶとは、自分でも意外だったんです。でも何度見てもじわじわうれしい。

本当はしゃべるのそんなに得意じゃないし、伝わるように話そうとすると顔がすごくこわばるし、下手くそなんだけど、それでも伝えたいこと、伝えろと(筋肉先生に)言われることがあるんですね。だから一生懸命です。

何か、伝えることにお役目があるんだろうなあ。と日々思っているからか、上のようなメッセージを頂いて、魂の深いところで喜びが起きたみたいです☺️🙏✨

そんなやり取りをしていたら、上のメッセージを送って下さった方も、とても喜んでくださって。。

これが、形骸化した表だけの言葉だと、私には響かないんです。この人のハートから来てる、と体感覚でキャッチするので、わかっちゃうんです。

やり取りしながらお互いに嬉しくなって、涙を浮かべるほど。

私、これまでいくら褒められても、耳に入って来なかったなぁ。まだ面と向かって言われると緊張と照れで聞こえないことになったりすることもあるけれど😂、素直に喜べるようになってきたこの嬉しさ、そして頂いた愛の気持ちを、意識的に増幅したい。

単に、私のブログに記録しておきたいだけでもありますが😁笑

そんなわけで、うれしい言葉をキャッチするようになったら、たくさん言われてることに気づいてきたので、そういうコーナーを作りたいと思います笑

ほんとに好き勝手なブログ書いてるな〜!!

でも、思うんです。

ビジネスブログも大事なんだけど、本来ブログって日記みたいなことだったよな、と😊

12/13.14の企画↓

https://www.facebook.com/events/332662977463336/?ti=icl

紅音

わたし、というものの使い方

「わたし」は「わたし」の肉体に守られた存在である。

「わたし」という存在は、何層にもなっている。

何層もの「わたし」を、統合し

全身全霊となって生き抜く。

命の使い方とは、そういうものである。