それぞれの役割で…

昨日から筋肉先生が激しく何か言って来ます。

しょうがないからブログ書いたり、

いいのかなあ、と思いつつ

直接やりとりした方や、

直接お会いした方にお伝えしたり。

何か変化の時にあるようです。

ところで、先日筋肉先生から

「人と比べるな」と言われたばかりなのですが、

自分がやっていないことを人がやっていると

自分もやらなきゃいけないような気が

どうしてもしてくるというもので。

IH基礎クラスを受けて下さった方が

ちゃんと自分で手順をまとめていたり

セルフセッションの記録をちゃんとつけていたり、

そういうのを見ると「ああ素晴らしいなあ」と思いながらも

自分もやるかというとそうでもなく。。

やった方がいいんだろうなあ、と思って

筋肉先生に相談すると、

「必要ない」というのです。

わたしの場合は「とにかくただ伝えろ」と。

何を??

→自分たちが自分たちであることをただ伝えなさい

うんと、要するに、

自分は自分なんですよ、

人はそれぞれ違うんですよ、

ということを伝えていけば良いそうです。

どんなに人が羨ましく見えても、

自分には自分のやることがある。

人それぞれに役割が違うんですね。

なんかスッキリしつつ、

自分道にまた邁進させられるのね、と

嬉しいやら、覚悟させられるやら。

そんな今のわたくしでございました。

ーーー

10/2(火)6(土)IH基礎クラス@東京

10/7(日)IH基礎クラス練習会@東京

10/13(土)15(月)IH基礎クラス@福岡

10/13(土)夜 勝手にIHレクリエーション部ゴハン会@福岡

10/14(日)IHセッション@福岡

10/16(火)17(水)IH基礎クラス@大阪

10/18(水)IHセッション@大阪もしくは@広島(検討中)

10/19(金)IH基礎クラス練習会@東京

10/21(土)第12回ハッピーオアシス出店@熊本(IH)

11/1(水)〜ロサンゼルス

https://peraichi.com/landing_pages/view/integratedhealingalive

流れの中で

たとえば流れるプールの中では、

流れがあるときにはただ浮いてみる。

力を入れると流れに乗れない。

力を抜いてただ浮いてみる。

流れが自分を運んでくれるのを楽しむ遊びだから。

何もしなくても運ばれる!

ってことを知る遊びだから。

その遊びが、真実だから。

ーーー

10/2(火)6(土)IH基礎クラス@東京

10/7(日)IH基礎クラス練習会@東京

10/13(土)15(月)IH基礎クラス@福岡

10/13(土)夜 勝手にIHレクリエーション部ゴハン会@福岡

10/14(日)IHセッション@福岡

10/16(火)17(水)IH基礎クラス@大阪

10/18(水)IHセッション@大阪もしくは@広島(検討中)

10/19(金)IH基礎クラス練習会@東京

10/21(土)第12回ハッピーオアシス出店@熊本(IH)

11/1(水)〜中旬までロサンゼルス

https://peraichi.com/landing_pages/view/integratedhealingalive

口が喋ることと体との関係

先日のIH基礎クラス練習会でのこと。

筋肉反応を取りながら会話を進めていると

口だけは動くのに腕は反応せず、

全然的を得ていない悩みのことをずっと話しているだけ、という

現象に気づく方々がいらっしゃいました。

その感覚が身体の反応とリンクすることがわかってくると、

身体がピンと来ないものは、

口だけが喋っていて、

「何か違う」という感覚に気づいていくのでした。

こうなるともう、うそやごまかしをするのが

身体にとっては違和感でしかなくなります。

だから、そのまんまで生きることになります。

自分はまだまだ…って、本当でしょうか?

自分なんて…って、本当でしょうか?

身体に確認してみてください。

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10/2(火)6(土)IH基礎クラス@東京
10/7(日)IH基礎クラス練習会@東京
10/13(土)15(月)IH基礎クラス@福岡
10/13(土)夜 勝手にIHレクリエーション部ゴハン会@福岡
10/14(日)IHセッション@福岡
10/16(火)17(水)IH基礎クラス@大阪
10/18(水)IHセッション@大阪もしくは@広島(検討中)
10/19(金)IH基礎クラス練習会@東京
10/21(土)第12回ハッピーオアシス出店@熊本(IH)
11/1(水)〜ロサンゼルス

https://peraichi.com/landing_pages/view/integratedhealingalive

疑いながら信じる

普段の自分のフィールド外に出て、
自分のやっていることに疑問を持つ。

 

それは怖いことなのだけど、
だってそんなことしたら
自分の信じているものが
壊されるかもしれないから、

でも、目をつぶって信じようとすると
自分を騙す方が気持ちが悪いから
外に出かけて行くのです。

 

 

どんなに変な目で見られようとも
それは他の人の人生には関係ないのだから
自分の知りたいことに集中する。

 

人の意見をすぐに受け入れられなくても、
別の視点で理解してみようとする。

 

そのことに納得がいったとき、
それに挑戦した自分を信じることができる。

 

 

誰だって、否定されるのは怖い。

 

自信を失うのも怖い。

 

ムキになるのも見苦しい。

 

変なレッテルを貼られるのも怖い。

 

だけど、必要なのは
私の中の知りたい欲を満たすことだけだから
その他のことはたいして問題にはならない。

 

どうしても気にしてしまう場合には、
知りたい欲がその程度であったと諦めるか
本当に知りたいのであれば
気にならなくなるように
自分の調整のテーマとすれば良い。

 

それで自分が変われば、
また自分を信じることができる。

 

 

そしてまた、疑いを持つ。

 

 

そうして広い視点の中で
確実に変化する自分を信じる。

 

盲信は逆に、
心の底から信じることができないのを
信じようと努めてごまかしているだけ。
不安はなくならない。

 

 

疑いながら信じる。

 

 

そうすると、
心から信じられることが増えてきます。

体裁なんかクソくらえ

ひどいですね、最初の記事にこんなタイトルつけるなんて😂笑

昨日はライターでマーケターの須賀和さんにお力をお借りして、
5年は躊躇してたWordPressを使えるようにしてもらいました。

 

90年代にHTMLの簡単な書き方を高校時代の友人に教わって
(喫茶店の紙ナプキンに書いてもらって)
学生時代の先輩たちにも質問しながら、ホームページを作ってました。
古い人間なもので、昔は「ブログ」なんてものは無かったのです。

 

書くことが好きで、小学生の頃から作文は好きなのです。
おそらく、書くことは、私の資本であり財産だと思います。

 

自分の趣味のホームページで何をするかというと、
文章を書いて載せるのです。随筆とも言えない駄文ですが。

 

わりと評判がよくて、楽しく更新しておりました。
インターネットで知り合った人と飲みに行ったりもしてましたね。

 

その時代のホームページは、ただ紙を増やしていくような感覚でした。
そのうちポップアップのやり方を覚えて(時代感満載ですね^^;)
「今日の一言」なんていうのがポンっと画面表示されて
8秒くらいすると消えるのとか、作るのも、
「今日の言葉は響いた」などフィードバックをもらうのも楽しくて。

 

でも、だんだん、書くことと自分自身がズレて来てしまったんですね。

 

湧き上がる「書くこと」は、今おもえば
「降りてきた」ものだったのかもしれませんが、
そのページから離れてリアルの自分を見つめると
偉そうなことを書くわりに全然伴っていない自分を感じて
そのギャップにしんどくなっていったのです。

 

ホームページを惜しまれながらも閉じて、
何年かしてブログというものが認知され始めた頃には、
書くことの怖さが先立って、流行りに乗っかりませんでした。

 

でも2010年、自分に嘘をつかないことを約束して
そのまんまを書き続けていこう、と決めて書くことを再開しました。
探せば出てきちゃうアメブロ…紆余曲折の歴史です。
いつか消すかもしれません笑

 

個人的に書いていて、商売に結びつける意図はありませんでした。

 

そのうちに、お手伝いしていた先生のところで
セミナーの宣伝メールやブログを私が書くことになり
収益につなげるにはコピーライティングが必要だとか、
選んでもらう書き方だとか、そういう学びが必要だと知り、
同じ「書く」という行為でも意味合いが変わってきました。

 

要は心理を操作させる書き方をして
儲けて成功しようという目的になるわけです。

 

これは、純粋に自分の中のものと文字とを合わせることで
自分道を生きていきたい私には
魂を売り渡すような感覚があって、
仕事として割り切ればいいのですが
自分が日頃扱っているものが
「本来の魂の状態に戻る」などというヒーリングゆえに
そのヒーリングセッションを成立させるためには
私自身が自分の魂に従順になる必要があるという
矛盾の壁にぶち当たることになったのです。

 

会社から支給される「お給料」というものに依存しない生活は
自分の身を守るためのことに必死になりがちで
自由が手に入るのと同時に不安や恐怖も身近なものになります。

 

せっかく会社から離れて自由なことが出来るのに、
それでも会社のときのように決まったやり方や
派閥だの権威だのに左右されるのは
ほんとうにうんざりだと思いました。
会社に所属しないというリスクを選んだメリットがなくなってしまう。

 

本当に、私はどのように生きていきたいのだろう。

 

クライアントさんへのセッションがウソにならないよう
人に言うなら自分をどうにかしろよ、と自己ツッコミを入れながら
造りまくった自分を変えることの恐怖を感じつつ変化してきました。

 

そうしていくうちに、自分にとって大事な軸というものの輪郭が
少しずつハッキリしてきました。

 

時代の変化も相まって、個を極めることで全体に繋がることも理解でき
自分のいのちの使い方がそこにあることをようやく認めることができました。

 

もう、誰のことも目指しません。

 

私はわたしの純化に取り組むことで、
私の仕事を成立させます。

 

だから、大事なものから純化を進めて行くことにしました。

 

そうすると私にとって体裁はさほど重要ではないので、
本記事表題のような言葉を自らに送ることで
過去の自分がまだ若干残っている「人の目を気にする」ところを
断ち切るトレーニングをしているのであります笑

 

(セッションでエネルギーを変えても、
自分でそれを維持し先に進むトレーニングは必要です。
一回動けるようになったからって一生運動しないという人はいないし
一度お風呂に入ったからって一生入らないという人がいないのと同じです。
セッションでは、動きやすくするためのエネルギー調整を行います。)

 

というわけで、こちらのブログでは、
誰の目も気にせず思いのたけを書き綴ります。
これまではFacebookにたくさん書いていましたが、
あれはフォローしてもらってたら自動で上がってしまうから
やっぱりなんか人のこと気にしちゃってたりするんですよね。
雑味が否めません。

 

”書く”ということについて、
「私自身」が書く時と、
「よく説明のつけられないもの」に書かされている時、
その中間の時があります。細かく言うともっと種類はあります。

 

なので文体が統一しないという悩みもあったのですが、
それはカテゴリ分けをするという解決案を頂いたので
昔のホームページにはなかった
カテゴリやタグの機能に頼ってみたいと思います。

 

というわけで、工事中のページを恥ずかしげもなく公開してまいります!

 

体裁なんてちっぽけなもの、クソくらえ!!
(って自分に言いながら笑)