2012年の自分。

ブログにアーカイブしようと思って、2012年のFacebook投稿を見るのだけど、この時の自分が可愛くてしかたない笑

お勉強したこと(インテグレート・ヒーリングやタッチフォーヘルス)を実践できるのが嬉しくてしかたなかった、この時期。
家を出発した坂道で青い空を見上げて、生きていてよかった、と思ったのを覚えてる。

 

この時の自分は、自分のことをかわいいと思う日が来るとは思いもしなかったし、日々必死で闇から抜け出そうとしていた。

 

不安もたくさんあった。

 

そしてまだこの時は、次の世代の土台となることや全体性など考えられなかった。

今の自分はおじいさんみたいだなと思うけれど、7年後の私が今の私を見たら、それなりにかわいいと思えるのかもね^^笑

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「違うやり方を取り入れる」についておもうこと〜Facebook記事より

インテグレート・ヒーリング、IHの基礎クラスをお伝えしているのだけど、
私にとってIHは、富とか健康とかを超えた上位概念で、
その概念を理解するのに何年もかけている気がします。

だから、単に「すごい自分」になりたい人にお伝えできることは、
私にはない気がしていて、

そういうのは他に出来る人がたくさんいるから、
その人たちにお任せして、

私は違うやり方をする方を選ぶのだけど、

そのやり方は、求めてくれる人、理解してくれる人が果たしているのか、
というこれまでの概念の壁(自分の幻想)に囚われながらも、
進むしかないんだなぁ、っていう今ココ也。

すごくてちっぽけな自分、っていう真の姿に憧れる人って、少ないでしょ?

ほんとのいのちの煌めきなんて、
野に咲く花や、ただそこに在る自然だったりするのに、
派手で華やかで結果や因果が分かりやすいものに魅かれる人の方が多いから。。

だけど、侘び寂びの感性を持つ、自然と一体化することが出来ていた日本人として、
この感覚は他の国の人には説明できないようないのちへの想いがベースにあるのは間違いないと信じてる。
西洋のものをそのまま真似するのはナンセンスだ。

違うやり方を取り入れる、

もしかしたら、どこにも答えがないのかもしれない。

生きているだけでも、自分は既に誰かとは違う存在だ、ということが体感としてわかるIHは、
全身を使った宇宙教育プログラムのように感じています。
そんな風に伝える人は他にいないし、それで良いしそれが良い。
誰かの言葉の受け売りは、宗教活動に似てしまうから。
IHには協会がないので、その活動は保身や維持を目的としていない。
IHの中に潜むメッセージとしては、個が個であることが全体の利益となることが、
徹底されているように思う。

だから、IHを学んだ人は、
個であることを自らに許し、
個である人を増やしたその先に、
インテグレートする世界を見ていけばよいのだと思う。
その個とは、
どんなにちっぽけでも特別で、
どんなに特別でも宇宙のもとでは小さい。

こんなこと書くとまた、敵を増やしそうなのだけど、
怖がらずにやれることをやるだけやる、っていう生き方で、
合っているならば、まだ命は繋がるんだろうな。

普段は5歳児との会話が一番しっくり来るにも関わらず、
こういうことになると偏屈な頑固じいさんみたいだなぁ、と
若干自分を残念にも感じつつ…。

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セラピスト、ヒーラーとしての在り方や
社会での役割についてもお話しします。

インテグレート・ヒーリング基礎クラス 4月28日&5月1日
https://www.facebook.com/events/317073388919749/

https://peraichi.com/landing_pages/view/integratedhealingalive

たぶん、よく死んでいる。〜Facebook投稿より

私たちは小さな死の蓄積によって生きている。

細胞の死があるから、新しく強い細胞が出来る。

昨日の自分の死があるから、新しく今日の自分が存在することが出来る。

もしかしたら毎瞬、瞬間ごとに、新しい自分がいて、

しかしそこに意識が行くと、
自分という個体の存在を認識するのが難しくなるから、
変わらない存在のように思ってしまうけれど、

そんなのは、人間の認識できる範囲でのことでしかないから、

人間にとっては真実かもしれないことでも、
宇宙的にみて真実とはいえないかもしれなくて、

おそらく我々人間には分かる機能が備わっていないかもしれないのだから、

全て分かるはずだなんて、驕った気持ちをもたない方が良いようで、

少なくとも、地球に存在するのは、人間だけではないということを、
意識してみても良いように思います。

たくさんの死があって、
私たちが生きて、
私たちもその流れの一部でしかない、

その中で何をして生きるのかを、
わからない・見えないものへの好奇心から、
探して動きまわるのが、
人間という生き物の特徴であるようです。