「嫉妬」はクサい靴下を嗅いでしまうようなもの

ここのところ、やけに「嫉妬」「嫉妬心」を身近に感じさせられることがありました。

男性からの嫉妬のエネルギーが身体中に刺さっているとか(女性からの嫉妬じゃないのね。そのこと自体は嬉しいけどなんとなく複雑なキモチ笑)

嫉妬のエネルギーを他の人へ向けてしまった人の話や、

生き霊レベルで中に入って、無意識の領域で私の生命エネルギーを消そうとしていたりとか。

男性の嫉妬は、パワフルです。

しかも、複数だったみたい。

特定はしていませんが。。

そのエネルギーを好きなことに向けたらすごいんだろうなと、もったいなく思います。

私も嫉妬くらいしたことはあります。かなりしんどかったです。臭い靴下を何度も嗅いでしまいながら止められない感じ。

でもそこまで行くと、いわば趣味のようなものなんですよね。その靴下を捨てるなり、洗濯して大事に保管するなり、臭いを嗅ぎ続けるなり、選択するのは本人なんですもの。

そして私や皆さん、全ての人間がすることは

「自分を生き切って死ぬこと」

それだけを考えれば良いようです。

IH基礎クラスを受けてくれたナオちゃんが

基礎クラスの内容だけで大セッションをしてくれました🙇‍♂️🙏✨

寿命が延びたかな??😆笑

どうもありがとう❣️

日本に思う、自分にやれること

日本でヤバい感じのこと(水道民営化とか沖縄事情とか)が起きているのに、どうしていいかわからない。

とりあえず自分のことをするしかなくて、きっと私を含む多くの国民が日常に逃げているんだろうなと思うと、悲しい気持ちになるのだけれど、最終的には自分にできることをするしかないから自分に出来ることを考えてみた。

・自分で選択した人生に責任が持てるようにする

・幸せになっていいと自分に許可する

・自分自身のイライラやモヤモヤを解決していって、そういう人を増やして日本全体のエネルギーを変える

・人の噂や報道に振り回されずに、自分にとって必要なものを自分が決めて選べるようにする

・そのためにやれることをやる、そのために健康な心身を持つ

こんなこと書くのも情けない思いだけれども、セラピストの役割でもあると思うので書いてみました。

死ぬ時はどうせ死ぬし、役割が変わる時なんだろうなと思うから、生にはさほど執着しておらず。

自分の仕事が何に繋がるのかを意識することくらいしか出来ていない今だけど、意識で世界が変わるというのが本当ならば、それをこの目で確認したい。。

紅音

自分のために歌う

(写真は10月31日のロサンゼルス空港到着時。スーツケース左が私、右が愛ちゃん)

今日はIH(インテグレート・ヒーリング)基礎クラスの練習会でした。

いつも思うのは、

テキストを見ながらただ淡々とそれをやる、

テキストを見ながらたどたどしくもそれをやる、

そういうセッションほど、セッションをする人の余計なエナジーが乗っかって来なくてスッキリするんです。ほんと不思議。

もちろん、素晴らしい質問や気づきに繋がる声かけによって、深い納得感を得られることもあります。

ここで気をつけたいのが、何を目的としているのか、ということ。

納得するためにセッションを受けたいのか、

自分という存在、自分という<いのち>を輝かせるためにセッションを受けたいのか。

納得して「あ〜なるほどスッキリしました」というセッションは、頭の理解の領域を出ることが出来ない。

一方で、

よくわからないけどとにかく何かがスッキリした、

意味がわからないけど涙が出てきた、

というセッションは、

頭では追いつかない領域が動く。

無限の可能性があるのは、どっちかな。。

——

練習会の帰りに、今年一緒にロサンゼルスに行った愛ちゃんとご飯。

いろーんな話を聞いて、質問していく…

愛ちゃんの口から「自分に対して歌う」と出てきた時、

彼女と彼女の周りのエネルギー体がヒュッと変わり、

それと同時に、私のエネルギー体も震える。。

それは、「間違いない」の、サイン。

自分のために歌うこと。

それが彼女が自分に戻って来れること。

自分のために歌うこと。

とても美しく、愛に溢れた言葉であり、

愛に溢れた行為。

なんの質問をしたのかというと、

「誰に何を言われても止めないことって何?」

ということでした。

私なら筋肉反応テストだなあ。と思いながら質問をしていたけれど、愛ちゃんの言葉を聞いてエネルギー体がビンビン反応したことを後で反芻して、

夜道をブラブラ歩きながらフラーやヴィトゲンシュタインの記事を読み、改めて自分に問うてみた。

自分のために歌うという愛溢れる行為は、私の場合は何だろう。

すぐさま浮かんだのは「書くこと」。

愛ちゃんが、自分のために歌うことで自分に戻るように、私は自分のために書くことで自分に戻れる。

いつからだろう、人にわかってもらえるように書くこととか、何かを売るために納得してもらうように書くことを意識したのは。

ただ純粋に私は書きたいだけだった。どんなに下手と言われようとも、誰に貶されようとも。

「何かのために」やることが軸ブレを起こすことは飽きるほど体験している。これに関してはもう嘘はつけない。

誰かのために頑張るなんて恩着せがましいことはもう出来ない。

自分がやれるからやる、出来るからやる。やりたいからやる。

自分が歌いたいから自分のために歌う、

自分が書きたいから自分のために書く、

その「自分のため」の解釈は人それぞれなのだろうけど、それを文字のまま受け取って批判する人は、きっと何かを我慢しているのだろう。

純度をあげて行こう。

私の人生なんだもの。

それが私の仕事。

残りの人生どう生きよう

久々の投稿です。

ただいまです!

一週間、計画的引きこもりに徹してました。

私はとても不器用で、

人に見せる自分というものを作ることができません。

こうして一人で仕事をしていると、

自分の見せ方、魅せ方が大事なんだろうねと思います。世間的にもそう言われます、人が見たい自分を作る方が売れるのが早いんでしょう。

でもそれをしようと思うと、とても違和感を覚えて、自分は何をしているんだろう?と思うのです。

人にキラキラの外側を見せてどうしようっていうんだ?

周りを見ていても違和感。

そんなに必死にキラキラさせんでも。

そう思いながらも、そういう人たちが稼いでいるので正解なのかな?と変に自分を疑ってみたり。

だけど、一つ確信しているのは、

何かに夢中になっている時にモテていたというこれまでの人生経験。

まあ若い時の話だから、今は通用しないかもしれないですけどね!笑

でも、自分を生きている人って、人の目を気にしなくても勝手にキラキラしてしまうんですよね。外見で判断してコミュニケーションを閉じてしまう人には理解のできない、きらめきがある。

生きているだけで本来は輝いているはずなんですよね。

それを頭ではわかっているのに、自分や周りの人に条件付けの目を向けてしまう。

いま自分がやっている事って、その窮地に自分を追い込んで、生きているだけで価値があることを自分自身が身体で確信するトレーニングをしている感じがします。人にセッションするのにそれを言うわけだから、自分が自分のことを本当にそう思ってないと身体で伝わってしまう。そんなお仕事なんです。

本来なら子どものうちに養われる感覚が、大人になったふりをして来たばかりに、中身が無かったというだけの話。

子どもの頃からどこか大人っぽかった人は、セラピストに多いと思いますが、自分は全て癒されていると思う人は、上下関係を作りやすく、復讐としてのセラピー活動をしているかもしれないので、そういう人から何か言われても気にすることはありません。

自分を疑いながら自分を信じるバランスがないと、自分王国を作りがちになります。人を従わせて自分が王様になる王国です。

だけどそれも、外側を意識して生きてきたことの現れというだけのことなのでしょう。

自分が生きのびるために外側に合わせてきたものを、

自分を生きさせるために内側に戻り、外側に出て行く。

私ができる事って何なのかな。

一生、死ぬまで問い続けることで、自分の生に集中して行く、そんな生き方と死に方が出来れば幸せかな。

紅音

☆☆☆

12/7(金)ブロック・ビルディング・アクティビティ講座募集中

12/9(日)癒しイベントKAKEHASHI 出店

自己対話によるバランシングのあれこれ

「デキない前提」

あることで身体が反応したのでセルフバランス開始。

椎間板に情報が蓄積されていることに気づく。

あまりに深いセルフセッションで

一人で泣き出す。

自分は本当はこうしたかったんだ、と

奥底からの深い望みを

身体の反応で知ることになる。

感情で泣いているのではなく

反応として涙が噴き出すのである。

子どもの頃に言われたこと、

養われないと生きられない子どものやるせなさ、

自立、人に従う人生、

これまでの様々な出会い、

それにより学びとなっていった幾つもの出来事

Joy、心の底からの繋がり、

人は人を愛したいだけ。

人を愛することには、自分を愛することも含む。

ひとえに喜びの存在であることの、

シンプルな喜びが

魂のバイブレーションを起こす。

細胞は振動する。

「出来る前提で日々を送る」

膀胱系のアラームポイントのエナジャイズで

また様々に体感し見えてくるもの。

たったこれだけのプロセスの中で

身体に蓄積されたデータの変化に現れて

身体の動きや痛みの反応、気持ちの動きとして

顕在化する。

何が起きているのかなんて全て説明することが

果たして可能なのか、そのこと自体に意味があるのか…

「何のためにそれをするのか」だけが掲げられていれば、ツールは何でも良いように思う。

留まれない自分に不安を感じつつ期待に満ちている。

前半と後半の中休みの日に

いろんな人がいて良い、という体現を実際に行うのは結構しんどいけれど、それをやることで選択が増えるならばこんなに豊かなことはない。

それを生き切るとどうなるのか、インテグレート・ヒーリングを通して伝えることがここしばらくの私のお仕事。って腹に決めて!!自分!!!

Integrated Healing – Healing Pathway 再受講2日間終了しました。

ロサンゼルスに来て3日め。

眠すぎるので概要のみ。。

IHの基本の説明を受けて、今日から少し実践。

私は何度も再受講に来ていて、びっくりされるのだけど(すでにやっているのにまだなんでそんなに勉強するの?って)

いろんな思いがあって、

変化への覚悟もしながら海を越えてきました。

セッション実習の体験では、創始者マチルダの、寄り添うけど頼らせないスタンスを学びとして見つめることができました。

あとは、ひとに伝えるためでなく自分のために話を聞くよう筋肉先生にスタンスを直されて、 全くその踊りだと思いました。

明日もチャレンジは続きます。。

眠くてスマホを落としながらの更新でした。

ロサンゼルスに来ています

インテグレート・ヒーリングの再受講に来ています。

今年は、基礎クラスのインストラクターになったこともあり、伝える側としての学びと、

創始者マチルダのいる空間での体験を増やすため。

目的が分散すると勿体無いことになるから、しっかり意図をします。

ここに来たのは、友だちと仲良くなるわけでもなく、自分と繋がり自分と仲良くなるため。

久しぶりに会った仲間たちが、より自分の光を放っているのをみて嬉しくなりました。

初日の今日は説明が多くて、眠くなったら我慢せずに身体を動かしています。自分のベストに取り組むトレーニングです。

今日はこれから新旧の英語のテキストと、英語と日本語のテキストを参照します。

去年取ったノートも見ながら、学びモードに入ります。

変わる時は

こんなとき。

自分が変わるとき。

印象深い夢を見たり、

やけに気に障ることが増えたり。

もうそこには自分は居たくない、居られない

飛び出るベクトルが育っているのに

周りが色々見せてくれる。

その苛立ちが自分の世界のものでしかないことを

全て受け入れて、育ってしまったベクトルに

乗っかるしかない。

外側への反応は、全て内なる反応。

何をしないか、何をやめるか。

見たことのない世界は怖い。

しかし全て自分で決められる。

パワフルなリトルワークショップ

うれしい😂マチルダ姉さんから。。

IH(インテグレート・ヒーリング)基礎クラス受けに来てくれる人たちのエナジーがすごく綺麗なんだよ!!って、東京の練習会の写真と動画を送ったのでした。