IHとコミュニティ所属。考察してみた

OriHimeという、身体が動かなくなった人の分身となるロボットを開発している吉藤オリィさんのnoteから、インテグレート・ヒーリングIHとIHのコミュニティについて考察。

オリィさんのやることは本当に声も出ないほどすごいのだけど、ここでは私がIHを語るコーナーとします。興味のない方はスルーで。
オリィさんのnoteは素晴らしいのでご一読を。
与贈循環の喜びと「生きていく」話が深く入っています。
https://note.mu/ory/n/n19258c76d1fa

元ツイートはこちら。泣けます

さて、オリィさんの図。マズローの欲求五段階説がベースになっています。

私はIHをやる人であり、IH基礎クラスを伝える人なので、この図を見ながら勝手にIHのことを書いてみます。

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IHのセッションでは「コミュニティ所属」よりも下の、地下の土台の部分の基礎工事をやっているように思います。

自分をごまかして人に合わせた形でコミュニティに所属したまま上の段階が重なると、結局グラついていきます。そこでオリィさんと番田さんのように、お互いをありのままに出して話し合いを重ねられれば良いですが、そうでなければまた1のコミュニティ探しからやり直しになり、ジプシー化。自己不信、無価値観、他人不信と不安が募っていきます。パートナーシップも同様ですが、 パートナーの方が関係性が濃く複数所属が難しい分、悩み苦しみも大きくなります(または向き合わず、見ないふりしてやり過ごす)。

なので、IHをやる者としては、この五段階の図にプラス1階で地下階もあると良いように思いました。自分を装わずそのままでいられることにより、1のコミュニティ所属がスムーズになると思います。この地下基礎「存在への根拠なき信頼」による安定感のようなものは、本来ならば、乳幼児期に得られるものなのかもしれません。

IHの実態としては、地下の部分と1のコミュニティはフォローできますが、IHは基本的に組織を作らないから、IH単体ではこの構図を組み立てにくいものがあります。

IHが組織を作らないのは、上下関係なくフラットな存在であるため。自由発生的な共同体、または全て個に任されていて、流動も許容されている。帰属するのが団体ではなく、ユニバースだからなのでしょう。

それは本質的ではあるものの、宇宙という大きな規模の中では、よほど自分たちが自立していないと成り立ちづらくもあります。ただし、自立に向き合ったプラクティショナーたちは、個々で道を見出して、ひとりであっても、何もしなくても幸せなことを知っています。そういった個々の成長の機会をIHは大きなユニバースの懐の中で与えてくれるのです。

私たちは地球にいるから、ユニバースの筒になるままでありつつ場から与えられる役割とその舞台を用意することが、地球を宇宙に統合していくことに繋がるのだと思います。それがIHのやっていることなのではないかと思っています。

さて、そこまでIHの存在意義が見えてきたは良いけれど、IHがどこまでを担うものなのか(という表現があっているのかどうかも)私はまだピンと来ていません。

きっといずれは消えていいものなのだというのもわかっています。しかしそれはまだだいぶ先の話で、今はその段階にまだ来ていません。それに、私自身がまだこのオリィさんの図によるところの「俺世界から必要とされてない」に陥ることが時々あるので笑、感覚を研ぎ澄ませて自分の世界を自分で変えていくこと、そのために外部の刺激も得ることと並行して、

自分の内側と繋がれ、というのは、この地下の基礎工事のこと。深く潜りながらも、外と繋がるアンテナを伸ばす。基礎工事は、外に広く高く建てるためにあるのだから、地下と地上の感覚の両方が要るよね。

というわけで、オリィさんの図から、IHとIHのコミュニティ所属について考えたのでした。

オリィさんの場合には、孤独と向き合った結果、友達のためにロボット開発に打ち込むという、内側の爆発を外側につなげたような生き方をされていると思います。

ほんとすごいな、と思いますけど、誰がすごくて偉いというよりは、その人がその人自身を活用していることがすごいと思うんです。その人の人生全てがその人のものだし、誰が真似できるものではないし、真似するものでもない。そんな人を見て、自分との違いを見つけることの方が大事です。

さて、今日はとりあえずここまで。書いているうちに次のレイヤーの存在が見えてきちゃったから、既にもうモヤモヤします。笑。

IHのことが、ずっとわからないんだよね…。でも、それでいい。

IHがわからないと7年も言い続けながら、何がわからないのかもわからなくて辞めずに続けてきた自分にとりあえずブラボーしておくことにして、おわります。笑

こんな記事、誰の役に立つのか、誰が読んでくれるのか全くわからないけど、人さまからやめろと言われても多分やめないIHの考察。笑。
また気づいたことがあれば書いてみます。

ここまで読んでくださったあなた様。長くとりとめのない文章に、お付き合いくださり心から感謝です❣️

紅音

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インテグレート・ヒーリングIHと「知識」について

私スワアカネのIH基礎クラスでは、頭を使うな、知識はいらない、としつこく伝えています。

IH創始者のマチルダがそれを伝え続けていて、私が基礎クラスのインストラクターになった時に「基礎クラスで必ず伝えてほしい」とメールをもらいました。

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インテグレート・ヒーリングのクラス考

自分との対話は誰にでも出来ること、だからIH(インテグレート・ヒーリング)は特別なことをしていない。それじゃあ、プラクティショナーの存在は何のためなの?というと、自分と繋がるまでのプロセスを介助するための、介添的存在。

だから、IHのクラスでは、やり方を徹底的に学ぶことではなく、そしてスターを養成するでも無しに、相手のプラクティショナーが誰だったか忘れてもいいくらい、自分の解放に自らを向ける。そしてプラクティショナーは、その景色を目の当たりにし、初心者だろうが経験者だろうが関係ないことを学ぶ。

IH基礎クラスは重いムードにならないように、自分との対話を楽しむところから始めるよう意図しているけれど、自分を理解して受け容れられれば、他人のことも許容できるので、プラクティショナーになるコースに出る前にIH基礎クラスを履修しておく利点は、より寄り添えるプラクティショナーになれることだと思います。

創始者から直接学べるコース、早割9/23まで。アメリカ・ロサンゼルスで開講です。

https://integratedhealinginla.jimdo.com/ih講習会ロサンゼルスについて/

インテグレート・ヒーリングIH考

私の頭の中はときどきこんなことでいっぱいになっています。IH実践研究家、って言って良いと思う、料理研究家と同じようなものだから、たぶん笑

自分にとってのインテグレート・ヒーリングIHの表現が変化してくるのは、教わった言語の守破離とも言えるだろうし、時代も自分も変わるから、当然のこととも思えます。だけど本質は変わらない。だから、統一の表現を強制されないIHは、本当に本質的だと思う。

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インテグレート・ヒーリング‪IHは細胞や人が「生きている」状態にするのでなく、大きい世界観の中で「生きていく」状態にするものに近い。‬その人それぞれにとっての自然な姿になっていくために、時に平穏な生命の死もギフトされることもある。それも含め〈いのち〉、生き方を自分自身でコマンドするためのシステムであると言えるだろう。プラクティショナーはその介助役。

こんなことを言うと反感を買うかもしれない、けれど、死を含めての〈いのち〉であるならば、そこまでを包括しないのは不自然だから、やはり肉体の終焉を一つの暗転( コトバンクより→演劇で、幕を下ろさず、舞台を一時暗くして場面を変えること。「暗転して第二景に移る」)として「目標設定(方向のコマンド)」を死ぬ直前ですらも行うことへの価値はあるように思う。

もちろんプラクティショナーが介添すると情報の幅は広がるが、自分一人で行えるようなら、旅立つ最期まで自分の味方と共に生きていくことが出来る。習わずとも自ら出来る人もいるだろう、しかし、インテグレート・ヒーリングIHの世界を学ぶことで、共通の景色が見れる仲間のみならず、自分自身という一生ものの味方を手に入れることが可能になる。

っていうのが今の私がしっくりくるIHの説明なのだけど、終わりの説明だけは収まらない、というのが、IHという、枠なきフォーマット。