想念のようなものからの気づき

不自然に眠くなる時、何らかのメッセージを拾っています。

最近は、ご縁の遠くなった方のことが増えてきたというか、私がキャッチして私に何か気づく必要があることに関するものが多いです。というか、基本的に全てのことは何かの気づきと学びになります。

先ほどは、またグワンと眠くなったので、「あ、きた」と受け取り体勢に入りました。

まどろみつつ筋肉反応で確認しながら進めます。

私自身のことなのか、他の人のことなのか。

「他の人」で、アルファベットが浮かんできました。

え、誰だろう…と確認し続けると、ある方でビンゴ。

詳細は省略しますが、拾った情報は、

・その方が私に複雑な思いを持っていること

・なんでその方が以前私にこだわっていたのかというと、私ならその方を理解してコントロール(導き)ができる⇆でもコントロールされたくない(変わりたくない)という、自分でも説明ができない気持ちの中でのキーパーソンだったから(私が)。

もしかしたら、それは「念」と捉えて、プロテクションが必要に思うことも出来るのかもしれません。以前の私なら、そういうエネルギーが飛んできた時には具合が悪くなっていたので、必死に自分を守ろうとしていました。

でも、ひとは変われるものですね。

そうやって私を思った時間がその方の中にあったことに、感謝を覚えて、「ありがとう」という気持ちになったので、感謝のエネルギーを送りました。

他にもいくつか、こうしてメッセージを拾っているのですが、これは今のタイミングで私にも必要なメッセージなのでしょう。

私に心を閉ざした方のメッセージも拾いました。その方にとっては、私は「愛を与えてくれる人」という立ち位置だったようです。しかし一方で私は、さまざまなプロセスを経て、自己信頼のプロセスに入り、自虐を終わらせ自分に愛を与えることに集中し、各々が自分自身を愛することができることを信頼できるように目指しました。要するに、人に愛を向けることによって自分の不足感をごまかすことを止めたのです。

その時に、「愛されなくなった」と感じたかもしれないその方は、「愛されないダメな自分、と思った過去の痛み」が引き起こされ、そこに痛みの怒りを感じるけれど、愛を請求することもできず、心を閉ざすしかなかった(のかもしれない)。

こういうことは、心を扱う職業の人にはよくあることだと思います。クライアントさんは心が弱っている方が多く、それだからこそセラピーの役割があるのですが、そういったクライアントさんは、自分を卑下する分、人を過剰に尊敬してしまいやすい。

でもそれは、その方にとってのドラマ。

そして私は、これまでだったら心を閉ざした方に「愛されなくなった」と狼狽するパターンでした。外側基準だから不安になりますよね。そしてその方の欠乏感と自分の欠乏感を埋めて、共依存。

私の本音は、誰のことも縛りたくないし、囲い込みたいとも思わない。他人に自由を与えないのは自分が自由じゃなくなるから。

今の私は、「私が私でいることを徹底する」そのことしかする必要がなく、とにかく内側を外側にするメビウスの輪を自己内に確立させること。

いつかの再会の時に、これらの時間全てを愛に変換しているのが見えるから。

それぞれの学びのプロセスを尊重し合いたいです。

愛してるよ。

紅音

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