そのイライラは、誰のもの?

昨日の面白い体験です。

人生を創る眉施術公開イベントの後、帰りの電車がラッシュの時間帯でした。

満員電車が苦手な時期もあったのですが、なんだか平気だなあ。。と思いながら乗っていると、

私の右斜め前のおじさん(密着)が体を動かして、

私の左斜め前のおじさんが、それをとても不快な目で攻撃したんですね。「んっだよお前」みたいな感じで、上から下までガン付けてました。

それからというもの、私もその右斜め前のおじさんのことが気になって、そのおじさんが本を読みながら寄りかかって来ているのを感じました。

そうすると、私も体勢を変えないと気が済まない。

なんだかイライラして、なるべくそのおじさんに身体が触れないように体勢を変えました。

そこで気がつきました。

あ、これ左斜め前のおじさんのイライラだ。

まんまと伝染してしまったのでした。そこにチャンネルを合わせてしまったから。

そのあとは、自分の元のチャンネル(周波数)に戻るように意識を動かしました。

ほどなくして、一気に人々が電車から降りて行きました。ポコっと席が空き、座れました。

いつでも、どんな時でも、自分次第で自分の世界は変えられます。

少しずつトレーニングしていく人が増えていけば、地球も変わるように思います。

誰かのイライラに同調していないか、マスコミ、テレビから発せられる不安を煽る情報に同調していないか、自分を観察してみましょう。

自分のニュートラルなエネルギーの質を覚えれば、そこに戻ることが可能になります。

紅音

雑記:今日のセルフIH〜愛と欲の違いがわからなかった

さて今日も布団の中でセルフIH、きっかけは、やることをメモしていた時に湧き上がった違和感から。

内蔵(内臓)のエネルギーと対話するセッションのモニターを取りたいなと思っていて(というか例によって筋肉先生の司令なのですが)、ふと、今自分にやればいいじゃん、と自分の身体で実験し始めたのです。

胃から感じるエネルギーは「疑問」。辿っていくと、胃と口のエネルギーが繋がっていないことがわかりました。さらに、お互いがお互いに苦労させられているとでもいうような関係性。さらに辿っていくと、「愛している」「大好き」という言葉のエネルギーに対して自分の中で遮断される感覚がありました。

実は先日、ある女性から「大好き❣️」と言って頂いた時に、自分の身体反応の違和感を覚えていたのでした。何のストレスがあるんだろう?と思っていたのですが、「愛」と「欲」の違いがわからなかったことが原因だと判明。

それに気づいた時、過去のエネルギーがどっと流れて、人の「欲」を受け入れなければならない、と思い込んでいた自分の苦しさに気付きました。

人間関係において、欲のエネルギーが入り込んでいました。親との関係においても、親の欲で支配されることもあったし、友人関係も、欲で繋がれ縛られることもあった。恋愛関係では、人に好かれることは怖かったし、恋人になってからはセックスは愛がなければ出来ないけれど、欲のエネルギーを愛だと思い込もうとしていました。これは身体の機能として分かりづらく設定されているものなのかもしれないけれど、「愛」と「欲」のエネルギーは、全然違うということが、今ならよく分かってしまいます。。

そんなことがあって「愛してる」「大好き」は、欲で縛るエネルギーの言葉としての意味合いに認識してしまう、プログラムの混乱が生じていたのでした。だから受け入れることも、自分がその言葉を発することにも、違和感があったのでした。

それに気づいた時には、長年の苦しみから解放されたような、湧き上がる涙が吹き出ましたが、淡々とシンプルなIHのプロセスを進めて、「愛の音を発する」という目標のエネルギーに調整した結果、胃と口のエネルギーが繋がって、調和していって、胃のエネルギーが穏やかになりました。

この内蔵(内臓)のセッションは、いずれモニターさんを取るように筋肉先生に言われています。対面から始めたいのですが、優先順位的には、オンラインセッションを今年はやり切りたいので、その後になる予定です。

内臓(内臓)のモニターセッションを始める時には、ぜひよろしくお願いします^ ^それまで自分の身体で実験を続けますね!

★オンラインセッションについては別途ご案内させて頂きます。初めての方にさせて頂きたいのですが、これまで受けてくださった方々にも、何か出来ないかなと探っているところです。

紅音

ラジオトーク、紹介されてました(ありがたや〜❣️)よかったら聴いてください✨

眉ライブ終わりました!

昨日の眉ライブと、そのあとの実験工房では、大爆笑と深い体感でまた世界が広がりました…!

その様子はこちら

眉はものすごく奥深い…❣️

またシェアして行きたいと思います^ ^

昨日配信したライブ動画を、ダイジェストに編集しますね✨

紅音

雑記:セルフIHセッション、1983年の曲と「場」の思想

今朝はですね…
目が覚めていろいろ考えていた時に、ふと浮かんできた感情のモヤモヤを、セルフの筋肉反応テストで辿って行ったら「こんなにやっても報われない」みたいなものに行き当たり、その元を辿っていくと「母親に対して頑張って尽くしても報われない」というのが出てきました。セッションできそうだったので、布団の中でそのままIHへ。

IH基礎クラスをお伝えするようになってから、IHにはゴテゴテした装備は不要なんだと知って(いろんな誤解がありました)本当にシンプルこそがパワフルだと理解したから、布団の中でやれることを。

修正は、筋肉に訊いていくと、「1983年の歌を聴く」。どれだかわからなかったのでYouTubeを開き、1983で検索して筋肉反応で見つけていくと、シンディ・ローパーの「Time after time」でした。

再生すると、自分の身体のエネルギーが途端に当時のエネルギー状態を味わいだす…思い出す風景は、時々あった団欒。

いつも緊張状態にあって、1983年は初めて自殺したいと願った年だったけど、団欒的なものは間違いなく存在した。

人間関係としては崩壊しても当然だったのに、「家族」だから、「養育の義務」「血の繋がり」があるから、とギリギリの状態で「場」を共有し、混乱も団欒も包み込んでいた。

何にもないけど、何でもあった。

私は幸せだったんだな。

そんな気持ちになりながら、曲を聴き終えて、セッションを続けました。そしてエネルギーの通りが良くなりました。

セッションの目標設定は、「誇りをもって生きていく」。何もない、何者でもない自分に誇りをもって生きていくことが出来そうです。奇しくも本日13時半からの眉施術公開イベントの私のテーマと重なったので、準備が整いました。

なんだかほんとに、古い自分へのお弔いの儀式のよう。次の世界に行く前に、この世を去る時に気づくようなことを今、やっている気がします。

紅音

12/17はライブ配信します!

人生を創る眉施術公開イベント

雑記:施術人数の話

私は施術人数を気にしてきませんでした。

他の方のプロフィールを見て、1000人とか2000人にやりました、みたいなことが書いてあると、それが参考情報になるんだなぁ、と思いつつ、自分もそれくらいはとっくにしているはずなのに、あまり人数や実績に興味がないのです。

なんでなんだろう?人数や件数は必要ないのかな?と自分の内側に訊いてみると、人数や件数をカウントすると私が慢心するからとのことでした。確かにそうかも。

何人やりました、という誇りを持つのはいいけれど、それが奢りになったり、初心者の人への威嚇になったらそれは本意ではない。

IH基礎クラスでは、知識や経験は関係ないと伝えているのに、私が人数や件数をアピールしたら、後から始めた人は私を追い抜けないと感じてしまう。それは、素晴らしいヒーラーさんを育てることにはならない。

それに、施術人数は、私を修飾するものではなく、一人一人のひとつひとつのセッションは、数字でまとめられるものではなくて、「いのち」に単位があるのかどうか、私にはよくわからないという気持ちもあります。

自分の視座を超えるための、セッション何件という課題は設定するんですけどね。。

また、一つたりとも同じセッションは存在しないし、今でも毎回初めてのパターンが出てくるし、いつだって初めての気分でやっているから、件数で経験を表現するのは、自分が行うセッションの質から鑑みても無理矢理感があるようで…

人さまのプロフィールを見て、やっぱり売れるにはこういう風に書くんだよねえ、人はこういう分かりやすい情報を参考にするんだよねえ、と理解はしつつ、

自分の違和感を曲げてまで売れようとは思わない人間がここにいます、

ということをシェアすることで、

「自分の感覚がおかしいんじゃないか」と思う人への生きるヒントになればと思います笑。

自分の内側の話をよく聴けば、自分がどうしてその選択をするのかが見えてきます。その時に改めて、自分がどうしたいのかを自分が決めて、それを選択して、そのことを信じるだけで、自分の生き方が成り立ちます。

私が施術件数や人数にこだわらないのは、それらの情報が必要ないというインテグレート・ヒーリング(IH)を扱っているから。

IHのベースは、「わずか3歳の男の子の愛が起こした奇跡」です。

誰に何を言われようとも、世界は自分で創れます。

自分の心地よい生き方を選ぼう✨

紅音

12/17はライブ配信します!

人生を創る眉施術公開イベント

雑記:自分の人生の、小さくて大きな出来事からの解放

昨夜はたぶん、20時前には寝たと思います。やることたくさんあったのに。。でも、自分の内側に従う練習を徹底している時なので、自分の中の周波数メーターのようなものに従いました。

いろんな夢を見ました。私の人生にお別れを告げているのかな?と思うような。

その夢からの伝言があるのか、朝に目覚めてから確認してみました。

ある感情の周波数メーターが感知しました。

それは「やりすぎてしまう」こと。

人の要求に対してやりすぎてしまう自分、その原点は、2歳頃の記憶と結びつきました。

産院で生まれた私は、隣のベッドで数時間差で生まれた子と、母親同士が仲良くなったため、時々一緒に遊ぶことがありました。私の方が後に生まれたからか、私が奴隷の役になっていました。

彼女を背中に乗せて馬になりました。
彼女の要求に応えました。とても嫌でした。
でも、嫌と言えませんでした。
母親同士が仲良くしているし、彼女には遊ぶきょうだいがいないから、私がその役をやるしかないと思ったのです。すごく嫌でした。

だけど、仲良しのふりをしなくてはならなかったのは、親同士の関係のためです。

幼稚園に行くと、また別の子の要求に応えました。

それを繰り返したんですね。あとは、発生したプログラムのままに動くようになっていました。

ーーー

さて、インナーチャイルドのセッションをするかな?と思ったのですが、そうでなくてよい、と。

筋肉先生に確認して、2歳のわたしの話を聴きました。

2歳のわたしをだっこして、胸の中で泣くのをゆるしました。彼女は言いたくても言えなかった、嫌だった、くやしかった、かなしかった、ママが守ってくれなかった、とポツリポツリと打ち明けました。それを、彼女の背中をさすりながら、だっこしながら聴きました。

彼女が安心して眠った頃、さて私はこれからどうしようか、自分の周波数メーターと照らし合わせました。今日はやらなければならないことがたくさん。いつもなら、焦りながら行動し、時間ギリギリまでバタバタするし、誰かの目を気にして、勝手に「合否」判定をされるような気持ちでいたことに気づきました。要求に応えなければ不合格で人から見放されると思ったのでしょうね。
 
母親との関係だけでなくて、友だち、特に、自分が守らないといけないと思ってしまうような人たちに対して勝手に自分をそんな立場に置いて、勝手に要求を読んで応えるように頑張ってしまう。そもそも、母親のことすらも、こどもの頃から、自分が守らないといけないんだ、と思って、守ってもらえているという感覚は無かった。
 
私がキネシオロジーを学び始めた頃、私にとって重要な価値観は「安全、安心な空間」だと知りました。それを求めていたことすら気付いてなかったのでした。母親の子宮の中にいた時から、安全ではなかったのでした(ネガティブな情報が伝わってくることが多く、父親の暴力もありました)。
  
自分を守ってくれる人を探そうともしたのですが、それは間違いを知るための行動でした。結局、自分を守ってあげられるのは、自分自身でした。

いろいろ拗らせたけど、私はこんな感じの彩り豊かな人生を味わってみたかったんだと思います。それによって、同じような感覚の人を見つけたりする喜びもあるし、「自分自身」との再会という、一番面白いところを味わえるから。。
 
そんなわけで、勝手に感じていたプレッシャーは無しにして、やれなかったことを正直に伝え、もう焦るゲームも終わりにします。そのことを感じた時のホッとした波動、その周波数メーターを保持してみることにします。

そうしたらきっと、焦ったから出来た、とか、頑張ったから出来た、とか、頑張るから達成できる⇄頑張らないと達成できない、とか、そういうのは幻想だったと知れる気がします。

頑張らなくていい、というのは、そういうことなのでしょう。

一番活躍できるはずの30代まるまるを、「頑張った結果」うつ病を煩わせて、いろいろ拗らせた私も、そろそろ人生まとめ時期に入ったかな^ ^

紅音

12/17はライブ配信します!

人生を創る眉施術公開イベント

雑記:書くことや言葉について自分の気づき。

私の表現は「シェア」だった、
と、いま突如気がつきました。

書くのは好きだけど、伝えたいことがあるのかというとそれもちょっと違和感で、

ただ「こんなのあるよ」って言ってるだけな気がする。その辺の石ころと同じだ。そう思うと途端に愛しくなってくる。言葉は私のものであって、私のものではないから。

書くことで装飾はしたくない。装飾したものを売りたくない。それのエネルギーは知ってる。そんなのに騙されてる人たちの存在を感じるのにも飽きている。

私の場合は、言語で書くことや話すこと、そして非言語で空間を共にすることだけれども、他の人は、たくさん作ったご飯をシェアすることが喜びかもしれない。たくさん作ったテディベアを誰かに貰ってもらうことかもしれない。それと同じ感じがする。

昨日は美容室に行ったのだけど、いつもそこに行くと超〜回路が開く✨

ちなみに昨日は、
ゆるし→間違い→行動→出版→書くこと→ダイアログ→無目的→場、という流れの話の中で、自分の方向性の確認が出来たりシナプスが繋がったりしたのでした。ありがたいです。

紅音

12/17はライブ配信します!

人生を創る眉施術公開イベント

IH基礎クラスを自由自在に開催できるありがたさ

実はね…今日のIH基礎クラスは参加者さんお一人様なんですよ。。

前もそういうことがあって、ほんとは4人から開催しろって言われてるんだけど、まあ会場代かからないし良いかと思って(月々家賃はかかってるけど)

それでも結果的に良かったのは…、大人数が苦手な方、人前で緊張しやすい方、自分キャラを作ってご自身を守ってきた方が、少しずつ、普通のまんまで良いんだ、と解けてくるから。

筋反射カテキョの時もそうだったけど、やっぱり個人指導の方が向いているのかなあ、と思いつつも、先月は佐賀で30人の講座もできたから、どうにでもなるんだと思う。

個人指導は、ビジネス的には効率が悪いんだけど、ただ技術や知識を伝授するだけの場ではなくて、universeとの関係性を育む機会になるから、そっちの方がIH的には効率がよいと思われる…。確実に伝えられるからねえ。。

今日も、筋肉先生に聴いてみたら「その方の歴史を考慮しろ」とアドバイスをもらいました。その一言で、今日のやり方をなんとなく理解。でも、どうなるのかはわからないです。一緒に創っていくから。

道のりはさまざまだけれども、個人指導でもグループ指導でも、ゴールは同じになります。4つのセッションを、universeの力を通して出来る様になること、それをセルフケアにも使えるようになること。あとは、人にやるときに、いろんな筋肉さんの個性と出会い、許容していくこと。だから、個人指導の場合には、月1〜2で行っているIH基礎クラス修了者さんのための練習会へのご参加をお勧めしています。

なので、今のところは練習会が開催される関東近辺と名古屋周辺の方しか個人指導はお受けできませんが、もしご希望の方がいらしたら東戸塚(横浜)までぜひお越しください。来年からは、さまざまな豊かさをシェアし合いたいというアイデアをもとに、お値上げさせて頂くことになっております🙇‍♂️


グループ指導はグループ指導の良さがあって、その時のクラスの出会いはたったの二日なのに宝物になるし、どちらが好きかと言われると、どちらも好きとしか言えないですね。。結局IHを通しての世界観が好きなんだと思います。


いろんなパターンで、みなさんと場を創りながら遊ぶようにクラス開催をして行きたく(個人指導パターンもやれるだけやれたらいいと思う)そのようにuniverseに希望を投げております✨✨

紅音

宇宙はピュアというより全てを包むカオスな場であることが愛なのではないかという疑問と自論のモヤモヤを書いてみました

私の中の疑問なんだけど、クリアリングが地球レベルでは済まなくて宇宙の遺伝子レベルに発展しているのはいいけれど、各星出身の遺伝子の特徴を細かに分析したり、その要素をクリアにしたりすることが、本当にいいのかよくわからないんだ。

その特質が光か闇かを決めていることも、本当にそうなのかわからなくて、唯一は、自分の中にある聖なるもの(と、自分で感じるもの)に従うことなんじゃないのかなあ。
 
なんか、もっとおおらかな見方をしても良いんじゃないかなあと思うのは、嫌われ者にされがちな虫やカビ菌などの美しいはたらきを、無かったことに出来ないからです。彼らがいるから豊かな緑の星が存在できる。彼らが憎まれてしまうのは、人間にとっての「整備」が正義とされただけの話で、「正しい」という集合意識的な価値観など一瞬にして変わるのは、人間のして来たことを見たらわかるし、ほんとは地球は多様性をゆるし包む星のはずだった、ってまだどこかで私が思ってるから。

それが間違いだったとしたら、宇宙にとって地球が誕生したことが間違いだった、ということになるし、そもそも宇宙でさえ、多様性をゆるし包むカオスな場なのではないかと思ってるんだけど、違うのかなあ。。

紅音

個を活かすこと・自我が薄れること

ヒーリングに覚悟を決めて「どんな深いのでも出てきてOK」と心の奥の扉を開いたら、ちょっとえらいことになって(というか、これまで出てこれなかった深いテーマがヒットしはじめた)

セッション後の数日間のサポートまでできるメニューを用意したいな、と思い始めています。

私は自分が施術をやる側だから、こんな状態になっても筋肉に確認しながら、のたうち回りたくなってもどうにかできる(というか結果的にそういう流れだったらしい、自分を癒すためにもがいてたらヒーリングを降ろしてた)けれど、普通に生活している人だと抑えて体裁を整えてしまうのが普通だと思う。

いま、私のセッションを受けてくださる方々のほとんどは、ご自身でも人を癒したり勇気づけたりする立場の方が多く、そして、私を選んでくれるのは、安心して何でも話せるから、という理由が多くて、それは私がセッションの内容をどこにもシェアしていないことと、誰にも言えないようなダークなこと(と普通なら思われそうなこと)でも、普通に話が出来るからだと思われます。

普通の会話では話せないような、辛かったこと、仕事のことだけでなく家庭の事情、性癖のこと、恋愛のこと、自分の中に押し込めて、無かったように振る舞っていることなど、必要があればですが、クライアントさんだけでなく自分の話もシェアするように筋肉先生に指示されるので、きっとそうすることでイーブンな場を保てるのでしょう。

安心して何でも話せる、と、よく言って頂けることがありますが、それは「私が」解決してあげようとしていないからだ、ということも、IH基礎クラスを行う中で理解を深めて来ました。



私自身はものすごくダメ人間なのに、それでも生きていられるというのは、そのダメっぷりが価値あるものなのだと捉えることも出来るわけです。いよいよ頭のおかしいことを言っているようですが、これまでの刷り込まれた価値観は正反対だと思ってもいいような時期に来ているので、私はこの「ダメなところを活かす」生き方をやってみたいと思います。

こんなのも、普通に書いて理解されるかわからないけれど、ほぼ私の中は空っぽの状態で書いています。個の特徴を活かすということは、全体に寄与する個になるということで、自我は薄れるのかもしれません。

どんな自分をもゆるす、と決めて、ここ数年、ほぼ命がけと言っていい覚悟で取り組んでいます。

ゆるしたように思っていたってまだゆるせてなかった!なんてことは、普通にありますし、深い層にリーチしただけのことですから、そんな自分の取り組みを認めながら、自己を許容することに取り組んでいきましょう✨

特に、人を癒したり励ましたりする側の人は、どんどん自分をゆるしていかないと、見えない不均衡を生んでしまいがちです。人はゆるせるけど自分のことはゆるせない、など、かっこいいように見えて実は不均衡です。

自己を許容することが、自我を薄めて全体性の中に輝く個の存在として機能するのに大事なポイントです。

紅音