成功させてあげられなかったモヤモヤの話

年末に差し掛かり、気になっていたことがまた浮上してきました。

私がお誘いしたこと(確信を持ってその方をお誘いしました。素晴らしい体験のチャンスでした)が、もしかしたら彼女を苦しめたのではないか、と。

それがずっと気になっていたので、フォローのセッションなど必要ないか何度も筋肉反応で確認していたのですが、その必要は無い、という反応。

それでもやっぱり気になっていたんです。当日のことについて何も話題にされなかったので。。

そして先ほど、ようやく納得が行きました。

私は、自分がお誘いした手前、彼女を成功させてあげられなかったことをモヤモヤと自分の責任に感じていたのですが、しかしそれは、つまりは「私の手柄が立てられなかった」ということ。つまり、私が満足したいがために彼女をコントロールできれば良かったのに失敗した、ということになります。

でも、自由意志を尊重したいのに、尊師不要と言っているのに、私が導くことになると、それは辻褄が合わなくなります。導きとは、自分の存在が行うもの。。そうしなければ依存関係に陥ります。

目の前の人を信頼してコントロールを手放すことをひたすらやってきたのに、こんなところにあったのか!とビックリ。私は責任感が強いと言われていた子どもだったのですが、親や他人の責任を背負っていた癖もあったのだと思います。

さて、私は彼女の力を信頼してお誘いしたのだから、私にできるのは、これからも彼女の力を信頼すること。豊かなプロセスの一つとして、その出来事を信頼すること。それで充分なのだということが理解できて、手放しました。

もし今後彼女から何らかのサポートを求められた時には、余裕で応じられるような自分でいられるように、自己研鑽を続けるのみです。全ては自分の内側の話です。

一つ一つが学びです✨

紅音

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です