宇宙はピュアというより全てを包むカオスな場であることが愛なのではないかという疑問と自論のモヤモヤを書いてみました

私の中の疑問なんだけど、クリアリングが地球レベルでは済まなくて宇宙の遺伝子レベルに発展しているのはいいけれど、各星出身の遺伝子の特徴を細かに分析したり、その要素をクリアにしたりすることが、本当にいいのかよくわからないんだ。

その特質が光か闇かを決めていることも、本当にそうなのかわからなくて、唯一は、自分の中にある聖なるもの(と、自分で感じるもの)に従うことなんじゃないのかなあ。
 
なんか、もっとおおらかな見方をしても良いんじゃないかなあと思うのは、嫌われ者にされがちな虫やカビ菌などの美しいはたらきを、無かったことに出来ないからです。彼らがいるから豊かな緑の星が存在できる。彼らが憎まれてしまうのは、人間にとっての「整備」が正義とされただけの話で、「正しい」という集合意識的な価値観など一瞬にして変わるのは、人間のして来たことを見たらわかるし、ほんとは地球は多様性をゆるし包む星のはずだった、ってまだどこかで私が思ってるから。

それが間違いだったとしたら、宇宙にとって地球が誕生したことが間違いだった、ということになるし、そもそも宇宙でさえ、多様性をゆるし包むカオスな場なのではないかと思ってるんだけど、違うのかなあ。。

紅音

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