残りの人生どう生きよう

久々の投稿です。

ただいまです!

一週間、計画的引きこもりに徹してました。

私はとても不器用で、

人に見せる自分というものを作ることができません。

こうして一人で仕事をしていると、

自分の見せ方、魅せ方が大事なんだろうねと思います。世間的にもそう言われます、人が見たい自分を作る方が売れるのが早いんでしょう。

でもそれをしようと思うと、とても違和感を覚えて、自分は何をしているんだろう?と思うのです。

人にキラキラの外側を見せてどうしようっていうんだ?

周りを見ていても違和感。

そんなに必死にキラキラさせんでも。

そう思いながらも、そういう人たちが稼いでいるので正解なのかな?と変に自分を疑ってみたり。

だけど、一つ確信しているのは、

何かに夢中になっている時にモテていたというこれまでの人生経験。

まあ若い時の話だから、今は通用しないかもしれないですけどね!笑

でも、自分を生きている人って、人の目を気にしなくても勝手にキラキラしてしまうんですよね。外見で判断してコミュニケーションを閉じてしまう人には理解のできない、きらめきがある。

生きているだけで本来は輝いているはずなんですよね。

それを頭ではわかっているのに、自分や周りの人に条件付けの目を向けてしまう。

いま自分がやっている事って、その窮地に自分を追い込んで、生きているだけで価値があることを自分自身が身体で確信するトレーニングをしている感じがします。人にセッションするのにそれを言うわけだから、自分が自分のことを本当にそう思ってないと身体で伝わってしまう。そんなお仕事なんです。

本来なら子どものうちに養われる感覚が、大人になったふりをして来たばかりに、中身が無かったというだけの話。

子どもの頃からどこか大人っぽかった人は、セラピストに多いと思いますが、自分は全て癒されていると思う人は、上下関係を作りやすく、復讐としてのセラピー活動をしているかもしれないので、そういう人から何か言われても気にすることはありません。

自分を疑いながら自分を信じるバランスがないと、自分王国を作りがちになります。人を従わせて自分が王様になる王国です。

だけどそれも、外側を意識して生きてきたことの現れというだけのことなのでしょう。

自分が生きのびるために外側に合わせてきたものを、

自分を生きさせるために内側に戻り、外側に出て行く。

私ができる事って何なのかな。

一生、死ぬまで問い続けることで、自分の生に集中して行く、そんな生き方と死に方が出来れば幸せかな。

紅音

☆☆☆

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